コラム

 公開日: 2013-01-17  最終更新日: 2014-06-04

【現代の偉人伝】第163話 ─「殴られて愛情を感じたことは一度もない」桑田真澄─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 平成24年12月23日、大阪市立桜宮高校(大阪市都島区)のバスケットボール部主将を務める2年生男子生徒(17才)が、顧問の男性教諭(47才)の体罰を受け、翌日自殺した。
 平成25年1月13日、この事件を受け、元プロ野球巨人軍の桑田真澄氏(44才)は、テレビや新聞のインタビューを受け、語った。
「殴られて愛情を感じたことは一度もない」
 この率直な言葉は、スポーツ界における体罰についての根本を衝いた言葉として永遠に残るのではないか。
 恐らくは選手全員にとっての真実でありながら、監督の絶対性という神話が覆いとなり、公に言葉として迸(ホトバシ)ることはなかった。
 私には、裸の王様が裸であることの真実をそのままに口にした少年の一言を聞く思いがした。

 これまでも相撲界などで、体罰が死を招いたりして社会問題になったが、議論の対象はほとんど〈相撲界のあり方〉といった状態でしかなく、蔓延している〈体罰〉そのものは深く省みられなかったきらいがある。
 力士や選手などの人権にかかわる重大性を帯びているのに、スポーツ界では子供の頃からあまりに身近なところで起こっていたため、「監督の愛情や熱意」という神話に寄りかかる監督も選手も実態を直視できなかった。
 しかし、「小学生の時、グラウンドで監督やコーチから殴られない日はなかった」桑田氏は「なぜだろう」「おかしい」と思ってきたと言う。

「子供は仕返しをしない、と思っているから体罰をする。一番卑怯なやり方で、スポーツをする資格はないと思う。」

 指摘されてみればそのとおりであり、そもそも「スポーツをする資格」のない監督に選手たちが歯をくいしばりつつ指導されてきた現実が明らかにされた。
 しかし、平成21年に早稲田大学大学院へ入学し、プロ野球選手と東京六大学の選手約550人からアンケートをとった桑田氏は驚いた。
 選手の8割以上が、中学や高校の体罰について「必要」「時には必要」と回答していたからである。

「一定の成功を収めることができたからこそ『あの指導方法は良かった』と思うことができるのだろう。」

 体罰の肯定は成功体験からの類推でしかなく、体罰という指導法が他の指導法と冷静に比較検討されていないからであると指摘する。

「体罰が減らないのは勝利至上主義があるためだ。
 プロや野球はそれでもよいが、アマチュアは育成主義でなくてはならない。」

 プロとして生きて行くために必ず結果が求められる世界と、人間としてスポーツマンとして成長するための子供やアマチュアの世界を分けて考えねばならないとする視点は鋭い。
 元日本プロ野球とアメリカメジャーリーグの監督を務めたボビー・バレンタイン氏(62才)は言う。

「日本の高校野球は高度に組織化された素晴らしいシステムです。
 神聖で立ち入ることのできないものです。」

 なぜ氏が高校野球を神聖とまで感じているのか?
 それは、学校も家庭も、選手を何よりも〈人間として〉育成しようと全力を挙げ、選手たちもまた、ギリギリまで自分の生活を律して自分を高めよう、期待に応えようと汗を流す過程が崇高だからに他ならない。
 だからこそ、当の監督と選手だけでなく、学校もPTAも地域もマスコミも、あるいは日本全体が関心を持ち、選手たちの真摯な一挙手一投足に拍手し、涙するのである。
「本来、スポーツにおいて乗り越えなくてはならないのは自分自身。
 人から何かをされて強くなるものではない。
 スポーツには体力と技術力と精神力が必要なのであって根性では勝てない。」
 実践し、結果を出した桑田氏の言葉は重い。
 私たちはスポーツにおいて根性の果たす役割が大きいと思いがちだが、桑田氏は、殴られてなにくそと反発したことによってつくられてきた思いなど、勝負の場において役には立たないと言うのである。
 殴られてつくられるいわゆる根性ではなく、必要な精神力というものがあり、それは体罰という「人から何かをされる」方法を用いずに選手自身の努力で養えることを桑田氏は実証してきた。

「道具も先述も進化した。
 それなのに指導者だけは進歩せず、昔のままだ。
 もっとスポーツの理論やコミュニケーションを勉強して。時代に合った指導方法に変えなくてはならない。
 今回の体罰事件を機に、スポーツ界は変わっていくべきだ。」

 桑田氏は、新しい指導者たらんと勉学を始めている。
 ぜひ、先頭に立ってもらいたい。
 痛ましい高校生の自殺事件と、桑田真澄氏の一言は、きっとスポーツ史に残ることだろう。
 体罰を過去のものとしたできごととして。

※この稿は1月13日付の産経新聞を基にして書きました。


 

 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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