コラム

 公開日: 2013-01-17  最終更新日: 2014-06-04

【現代の偉人伝】第164話 ─「指導者に殴り聞かせるという言葉はない」我喜屋優─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 平成22年、史上6校目となる甲子園春夏連覇を成し遂げた興南高校野球部監督の我喜屋優氏は、1月15日付の朝日新聞で語った。

「指導者は感情が先走ってはいけない。
『言い聞かせる』ことが大切。
『殴り聞かせる』という言葉はありません。」

 これまで行われてきた体罰の多くは、「愛のムチ」という美名に隠れた監督の怒りの表現だったのではないか。
 監督は思いのままにならないという自分の感情を無抵抗の選手たちへぶつけているのではないか。
 我喜屋監督の「感情が先走ってはいけない」は、そのことを物語っているのではないか。

 次いで、桑田真澄氏の「殴られて愛情を感じたことは一度もない」に並ぶ決定的な言葉が発せられている。
「殴り聞かせる」という言葉はないのである。
 しかし、実際は、監督が指摘するとおり「社会に出て、他人を殴ったら、法律違反に」なるにもかかわらず、殴り聞かせようとして来た。
 そこに本質的な問題がある。
 違法であり、実効性にも問題がある体罰という指導法が暗黙のままに認められてきたのは、桑田真澄氏の言うとおり「一定の成功を収めることができた」からに過ぎない。
 しかし、監督は、体罰を用いずとも、甲子園で抜群の結果を出している。

「子供たちに手を出したくなる時は、よくあります。」
 監督も人の子である以上、真剣に結果を求めている以上、当然である。
「そんな時は、両手を後で結び、我慢します。」
 自分の感情を抑えるために監督はこらえている。
 そして、結果を出し続けている。
 もはや、違法な体罰が勝利に不可欠であるという論理は成り立たない。

 監督は、法律違反が「学校で認められるわけがありません」としながら、もっと先をも考えている。

「先生が生徒をたたいたら、生徒は暴力をふるう大人になってしまう」

 ここが生徒の人権云々よりも根源的な問題である。
 これほどまでにいじめや家庭内暴力が蔓延している状況下にあって、子供を暴力的環境で育ててはならないという大命題がスポーツ活動の場では等閑に付されてきた。
 桑田真澄氏のアンケート調査で明らかなように、体罰を用いない監督が少数派である現状には、あらためて驚かされる。

 ただし、こうした方針の監督も、体罰絶対否定といった教条的で頑なな姿勢ではない。
 子供が赤信号を無視しようとした時など、「命の大切さを、痛みとともに教えることは」必要なケースもあり得るという。
 監督も、交通事故を起こした選手を殴ったことがある。
「死んだら、みんなに迷惑をかけることになるんだぞ、よく生きて帰ってきてくれた、と教えたかった。
 親の身になって叱ることは必要です。」
 私も生涯で一度だけ、小学生の時、父親に殴られたことがある。
 小さな子に言い聞かせようとしても駄目だったので殴ったら、たまたま自転車で通りかかった父に無言で一発、殴られた。
「この!小さな者を苛めて!」
 言い置いて去った後ろ姿を目にして以来、一度も目下を苛めたことはない。
 以後、たった二度、感情にかられて他人へ手を上げたことはあるが、事後の強烈な不快感はいまだに鮮明であり、悔悟の思いは消えない。
 この不快感が私の人生にもたらしたものを思うと、どうしても体罰が必要な教育的場面はあり得ると考えている。
 それが決定的に必要だったのかどうかは、体罰を加えた方の心理を考えてもわかるのではないか。
 加えた方も、加えられた方とは異なった強烈で不快で辛い何かを感じているにちがいないからである。

 監督は、一年目にケンカ慣れした選手から言われた。
「先輩に殴られたから、殴り返しに行きたい」
 応えた。
「よし行って来い。
 その代わり、俺も、お前も終わりだぞ。」
 そして、自然に親しませたり、読書させたりした結果、今や大学生になった選手は「世の中をよくしたい、と警察官を志して」いるという。

「野球部が甲子園に出なくてもいいんです。
 高校の3年間はあっという間に終わるけれど、人生のスコアボードはずっと続きます。
 指導者だけでなく、保護者も社会も一緒になって生徒を見守っていかなければなりません。」

 人間としての選手を育てる指導者としての責任は一生続くという。
 試合の勝ち負けという目先の結果ではなく、子供たち一人一人を人間として成長させるという教育の原点に立った監督の姿勢は清々しい。
 監督のように、根気強く「言い聞かせる」指導者たちであって欲しいと強く願う。



 

 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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