コラム

 公開日: 2013-01-26  最終更新日: 2014-06-04

犠牲者へは供養を、ご遺族には哀悼を、そしてテロリストへは憐れみを ─アルジェリアの悲劇に想う─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 
 イスラム武装勢力によるアルジェリアの事件は日本人犠牲者10人という悲劇をもたらした。
 多くの人々の心に「なぜ?」という疑問が芽生えていることだろう。
 もちろん、成り行きを分析すれば、事件に立ち至った経緯はかなり判明するだろうし、黒幕となっている人々には彼らなりの主張があろう。
 しかし、そうした説明だけでは、私たちの心から「なぜ?」はなくならない。
 疑問の矛先は、無慈悲としか思えない行為を実行させる心の闇へ届こうとしているからである。
 しかも、その闇は、いわゆるイスラム武装勢力と呼ばれる人々の心にだけ存在するのではなく、私たちの心のどこかにもじっと潜んでいるという気配に薄々気づいているからである。

 ここで思い出したいのは、孔子の言葉「罪を憎んで人を憎まず」である。
 ただし、孔子のように、罪は憎んでも、罪を犯すに至った経緯を持つ罪人そのものは憎まないのと同じく、実行犯たちを憎まないようにしようというのではない。
 テロの理論的支柱となっているイスラム教という宗教そのものを邪教として憎むのではなく、神へ祈りを捧げる敬虔な思いを持つ人々にまで殺人を行わせてしまう怒りや憎しみという害意に満ちた感情すなわち煩悩(ボンノウ)を敵としたい。
 そして、煩悩がかき立てられてしまわざるを得ない地球上の貧困と格差を放置している現代文明の薄情さをこそ、敵としなければならない。

 アメリカのクリントン国務長官が証言したとおり、アルカイーダ系勢力の「脅威は拡大している」のかも知れない。
 それが事実なら、困窮し苦吟し怒りや憎しみを抱かざるを得ない悲しむべき境遇の人々が増えているのであり、私たちにできること、なさねばならないことは、まず、手を差し伸べることではないのか?
 もちろん、武装勢力へ支援するのではなく、武装勢力が住民から支持され存在し得る地域から貧困と格差をなくすよう国際社会が協調し合わねばならない。
 それなのに、武装勢力による攻撃への備えをさらに厳重にするだけで、あわよくば武装勢力を殲滅しようなどと考えている限り、悲劇は必ずくり返されることだろう。
 地球規模で一つになりつつある現代文明のひずみを放置したままで、ひずみが生むものをなくすことはできない。

 さて、私たち一人一人にできることは、第一に、犠牲者を供養し、ご遺族を悼むこと。
 第二に、イスラム教を邪宗として排斥しないこと。
 第三に、イスラム教の信者さん方を差別しないことである。
 信者さん方については、むしろ、こうした事件によって肩身の狭い思いをしておられるのではないかと忖度し、思いやりをもって接したい。

 私たち日本人のご先祖様がたどった道を思い起こそう。
 かつては、阿弥陀如来の浄土へ行けば救われると信じ、むしろ旗を押し立て、「厭離穢土、欣求浄土」と叫んで死を怖れず、世の不条理へ立ち向かったのではなかったか。
 ほとんど一神教的思考を持ち、矢玉を怖れず突き進んだ貧しいご先祖様方は、最新兵器の正規軍へ手持ちの武器で挑むイスラム武装勢力の人々とどう違うのか?
 こんにちの平和な日本にあっては、同じ阿弥陀如来が、他のご本尊様を信じる仏教や他の宗教宗派と特に異なった先鋭さを持たず、人々を導いておられる。
 実に、神や仏が人に殺人そのものを命ずるのではない。
 神や仏にすがり自他のいのちを破壊してまでも何とかせねばならないと考えるほど人間を追いつめる過酷な社会環境が時として生ずるのである。
 昔は、地域で過酷さを解決できた。
 今や必ずしも国家単位だけでは解決できず、地球規模での対応が否応なく迫られている。
 江戸後期の頃は世界の人口が約10億人だった。
 それが今や60億人、このまま1時間に1万人づつ増え続ければ今世紀中には100億人を突破し、恐ろしい事態になるのは火を見るよりも明らかであるとされている。
 人が生きられるか生きられないかという状況に立ち至ったとき、いかなる思想や宗教が、いかなる立場から人々を導くかはわからない。
 確かなのは、イデオロギーや仏神が〈争い〉や〈戦い〉の先頭に立たされるのではないかということくらいではないか。
 39年前に小松左京が書いた短篇『再建』にある〈大崩壊〉を現実のものとしてはならないと強く思う。

 そして第四に、他者や他宗教や他文明への安易な〈レッテル貼り〉を慎み、私たちの心にある自分が一番という尊大で排他的な構えや無用で有害な優越感を省みることである。
 確かにテロリストたちは唯一絶対とする神の名の下に殺人という罪を犯し、自らをも殺すという恐るべき、そして悲しむべき行動をとった。
 独善主義による被害者のご遺族や関係者の方々にとっては、実行者たちを怒ろうと憎もうと怨もうと、思いは晴れないかも知れない。
 報道に接する私たちも「許せない!」という激しい義憤に駆られる。
 だからといって、テロリストを〈悪魔〉と断じて撲滅するために軍隊を派遣しろとか、イスラム教徒を追い出せといった思考に走れば、天に唾するような結果になることだろう。
 それよりは、冒頭の「なぜ?」を私たち一人一人が突き詰めて考え、地球上に生じている文明のひずみや、私たちの心中に巣くう排他的自己中心の意識を直視したい。
 そして、苦を共にする温かな心で犠牲者の方々を悼みご家族や関係者の方々へ思いを寄せると共に、慈悲心と想像力により、たとえ微かであれ、亡くなったテロリストたちへも憐れみの心を持ちたい。
 ここから出発する以外、悲劇をなくす根本的方法はないと思う。



 

 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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