コラム

 公開日: 2013-01-28  最終更新日: 2014-06-04

仏教徒であること ─仏教を生きる・仏道を生きる─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






〈早朝の玄関前に残る小鳥の足跡。猫が残したわずかな餌を求めてさまよい、時には猫に襲われ、羽毛が散らばっていたりします〉

 仏教徒とは何でしょうか?
 基本が仏法僧(ブッポウソウ)の三宝(サンポウ)を敬うことであるのは確かです。
 み仏を信じず、仏法を学ばず、それを護る僧侶や在家の方々を軽んじる人は仏教徒と言えません。
 しかし、これは仏教徒であるための必要条件ではあっても、十分条件ではありません。
 なぜなら、仏教徒とは〈仏教を生きる人〉であり、三宝(サンポウ)を信じるだけでは容易に仏教を生きられないからです。

 このことは、私が自分自身をふり返ってみても、はっきりしています。
 学生時代、迷いに迷い、宗教団体や寺院の門を叩き、何ヶ月も座禅したり、宗教書や哲学書を読みあさったり、他の大学の講義を聴きに行ったりしましたが、結局、何もつかめず、娑婆の仕事で大失敗をしてしまいました。
 もちろん、出家したからといって、急に悟れなどしません。
 そのつもりではなくても、どこかで〈自分第一〉が出て、仏法上の失敗を重ねてきました。
 誰かに気づかれようと気づかれまいと、自分では、はっきりと知っており、み仏をごまかすこともできません。
 だからといって、三宝を疎(オロソ)かにしたつもりはなく、生涯、一行者であろうと思い定めて愚かななりの精進はしてきました。
 つまり、三宝を信じただけではなかなか〈仏教を生きる人〉にはなれないのです。
 では、何が障碍(ショウゲ)なのか?

 障碍(ショウゲ)の一つは、他者が自分と同じにはなかなか思えないことです。
 その難問が、ご本尊様と一体たらんとする行者へ巨大な壁として立ち塞がります。
 修法上、行者には、「み仏」と「生きとし生けるもの」と「自分」の三者が一如(イチニョ…そのまま一体)であるという確信を伴った実感がなければなりません。
 そうでないと、善男善女の御心願が成就するよう祈る時、法力が動かず単なる儀式になりかねないのです。
 もちろん、普段の私たちは自分を第一とする意識が強固で、思いやりの対極である対立を招きがちです。

 障碍(ショウゲ)のもう一つは、なかなか空(クウ)の視点を持続できないことです。
 瞑想や修法や修行をしている時は楽なものです。
 恵まれた空間にいるからです。
 しかし、自分へ悪意や害意を持った相手も含む悲喜こもごもの娑婆にいて、執着心をかきたてる諸々の対象を相手にしながら、本当に空の心眼を保ったままでいられるか?
 これができなければ、菩薩(ボサツ)ではなく、せいぜいが自分の安楽を貪るだけの仙人を目ざして終わりです。
 
 要するに、仏教徒であるための十分条件とは、誰に対しても、さらには生きとし生けるものへ対して、同じみ仏の子と観て我が身を可愛がるのと同じ思いやりの心を持ち、いかなる場面でも空(クウ)の視点を失わないことです。
 しかし、こうした厳密な意味で仏教徒たる資格を満たすことは大変に困難です。
 日々三宝(サンポウ)へお仕えし、修行と修法を続けるプロの僧侶ですら簡単ではありません。
 尊大だったり、怒りっぽかったり、酒色へ走ったりする僧侶はいつの時代も、いくらもいます。
 だからといって諦めてはならないと思います。
 そこを目ざす過程が仏道という道であり、道を歩み続ける不退転の決意があれば〈仏道を生きる人〉になれます。
 菩薩(ボサツ)ならぬ身では〈仏教を生きる人〉にはなかなか、なり得なくとも、〈仏道を生きる人〉であることは誰にでも可能です。
 私たち凡夫は、三宝(サンポウ)を敬い、真剣に慈悲と空(クウ)をつかもうとする仏道にあれば、胸を張って「仏教徒である」と信じようではありませんか。


 

 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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