コラム

 公開日: 2013-02-20  最終更新日: 2014-06-04

歩みを合わせる ─熟年の危機に思う─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






塩釜復興市場
〈来訪者はすでに激減している〉

食堂
〈かつての厨房ほどしかない仮設店舗はあと一年ほどしか使えない現実〉

不安そうな彼
〈祈る先にいた不安そうな彼〉

 いつもゆっくり歩く妻が、病院では、さらにゆっくりと歩く。
 私が普通に歩くスピードの3分の1もない。
 あまりに哀れで、やや後から歩調を合わせてみた。
 そこには、まったくあずかり知らなかった人生があり、愕然とした。

 これまでは、自分のスピードを主として歩いてきた。
 妻はいつも後からついてきたが、遅れがちなので、何度も何度もふり返り、妻が〈いる〉のを確信しつつ、まっすぐに目的地へと向かって歩いた。
 めしの半田屋などの駐車場から食堂へ向かう途中などもすべてそうだった。
 ときおり、妻はうらめしそうな視線を送ってよこすが、〝遅いなあ〟としか思わなかった。
 公的であろうと私的であろうと、私にとって、目的地へ向かう道々ではいかに時間をかけないかが関心事のすべてだった。
 そこには〈速い私〉と〈遅い妻〉しかいなかった。
 速い私が問答無用と歩むので、遅い妻はいつも、私の何倍も苦労していた(ことをやっと知ったのだ)。
 私がそのことに気づくのはあまりに遅かった。

 私はいつも「夫婦は二人で一つの人生を歩む」という信念を持ち、「夫婦は一心同体」と信じてやってきた。
 そのくせ、娑婆にいた頃、悪事をはたらくのは常に私、後悔は妻の何倍もしたはずだ。
 でも、信念は揺るがなかった。
 しかし、省みれば、会社のため、仕事のため、社員のため、法務のため、世のため人のため、夫婦は一緒にと言いつつ、すべてはマイペースの中で行われてきた。
 つまりは、自己中心で、妻の人生のすべてを私へ合わせさせてきただけではなかったか。
 もちろん、妻の意見に耳を貸すが、思考において言葉において行動において、すべて私と異なった妻のペースがあることは、ほとんど省みられなかった。
 「~のため」は一心同体の二人にとって共通の目的であるべきだと信じてやってきたが、その志は、妻からすれば独り善がりでしかなかったか……。
 でも、妻は反抗せず、裏切らず、私より何倍も几帳面に与えられた役割を果たそうとしてきた。
 そして、ちょっとしたできごとをきっかけにして張り切っていた糸は切れた。

 最近は熟年者の人生相談が増えつつある。
 話をお聴きしているうちに、あるパターンに気づいた。
 懸命にはたらく夫が、家庭でも仕事と同じペースでやってきたこと。
 そして、仕事を離れても行動のペースがなかなか変えられないことである。
 結果はどうか。
 私のように一緒にやってきた妻は、加齢もあっていつか、息切れがする。
 サラリーマンの妻は、家を守りつつできあがっていた自分のペースが乱され、混乱し、当惑し、耐えきれない思いになる。
 ブルドーザーのようにバリバリやる夫ほど、このあたりには気を配らねばならない。
 当然ながら、社会的貢献は、決して夫婦の私的な安寧を保証するものではない。
 そして、私的な安寧は自分のためだけでなく、むしろ、伴侶のためにこそ真剣に求められなければならない。

 そこで、気づくのがあまりに遅すぎた愚かな者から一つ、提言をしておきたい。
 夫婦のどちらであれ、仕事から帰り私的な空間に入ったならば、家を守っていた相手のペースに合わせること。
 それができない、あるいはしにくい理由は山ほどあるだろう。
 いいわけを始めたらきりがないに違いない。
 しかし、こうした心がけや習慣がないと、ようやく社会的役割を終えた後に待っているのは、必ずしも安楽でないかも知れない。
 こうした心がけや習慣がないと、仕事から離れた時点で自分を変えにくく、配偶者共々、安楽を手に入れられないかも知れない。

 恋愛の時代には、自然に、ペースを合わせて散歩する。
 結婚して娑婆を生き抜く戦争が始まると、それどころではなくなる。
 しかし、ときおり、一緒に散歩などしてペースを合わせ、相手の息づかいを確認しておいた方が良い。
 相手も自分の足で自分の人生を歩んでいるのだ。
 社会的役割を終えそうになった時も同じである。
 散歩で相手のペースを確認し、密かに、自分が相手へ合わせる訓練をしておく。
 これだけでも、人生の幕引きを意識し始める時期に発生しがちな惑乱は、かなり減らせるように思う。

 散歩やジョギングは大流行と見受けられる。
 すでに、たくさんの方々がこうした心がけで安楽を得ておられることだろう。
 後から気づいた愚かな者として、まだ気づいておられないかも知れない方々のために老婆心から恥をさらした。
 笑った方には忘れていただきたい。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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