コラム

 公開日: 2013-03-03  最終更新日: 2014-06-04

第二回法楽塾 ─『ダライ・ラマ法王の仏教哲学講義』を読む(2)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



被災地の現状

〈藁科昇氏(塩釜市)が撮った被災地の現状〉

 第二回法楽塾のテキスト『ダライ・ラマ法王の仏教哲学講義』です。
 わかりやすくお話しします。
 もちろん、読経の勉強なども行います。

第一章 仏教における論理的思考の重要性

 第二節  仏教を特徴づけるもの(その1) ─救済者は誰か─

「救済者が誰かという観点から見れば、仏教徒は仏陀(仏)と、その教え(法)と、精神的共同体(僧伽(ソウギャ))を最終的な救済者であると認める者のことだと言えます。」

「哲学的な観点から言えば、仏教徒とは、ある教えが仏教徒のものだと言えるための四つの特徴的見解(四法印)を受け入れる者のことです。」

 ダライ・ラマ法王は「仏教徒を他のものから区別する特徴」として救済者と見解の二つを挙げられました。
 まず救済者の面から考えてみましょう。
私たちが祈る時、まず「帰依仏(キエブツ)、帰依法(キエホウ)、帰依僧(キエソウ)」と唱え、最初に仏法僧(ブッポウソウ)の三宝(サンポウ)に帰依(キエ)する心を表すのは、それが救済者であると信ずるからです。

1 仏陀…教師としての救済者

「根本的には、私たちは全て仏陀となるための基礎として身体・言葉・心(身(シン)・口(ク)・意(イ))という基本的要素を持っています。
 そして、これらを土台としてはじめて、仏陀としての優れた身体・言葉・心を開発すること、その道を開拓して行くことが可能になるのです。」

 み仏は、私たちから隔絶した存在ではなく、私たちが〈成り得るもの〉として私たちへ理想的姿を顕現してくださっています。
 私たちはまぎれもなく、み仏の子であればこそ、み仏に成ることを目ざせるのです。
 私たちが、人間として真に向上しつつ生きれば、自然に、み仏へ一歩づつ近づいているのです。

 み仏は、真理としての法身(ホッシン)と表れとしての色身(シキシン)の両面から私たちに感得されます。
 その智慧は一切を漏れなく知る一切知智(イッサイチチ)と呼ばれ、智慧が完成されていると考えられます。
 また、この世のありとあらゆるものは時々刻々と変化し続けていますが、その一瞬一瞬が成り立っているのは、それが全体性をもって完成されているからであり、そのありようもまた、み仏と申しあげるしかありません。

2 法…本当に人を苦しみから救う者

 「わたしは解脱(げだつ)への道を教える。その解脱はあなた自身が実現すべきものである」(釈尊)

 救われるための道は教えによって示されており、その道を歩むかどうか、すなわち、救われるかどうかは私たちの精進にかかっています。水辺へ連れて行かれても馬に飲む気がなければ飲めないのと同じく、せっかく道があっても歩む気がなければ、道はないとの同じです。

「教えという宝には二つの要素があります。」
「『苦しみの真の消滅』と『苦しみを消滅させるための真の道』です。」

 さて、教えには「苦しみの真の消滅」「苦しみを消滅させるための真の道」があります。

・苦しみの真の消滅

「苦しみが真に消滅した状態は、苦しみとその原因とから完全に切り離された状態にほかならないので、それは人が不幸な境遇に陥ることを防いでくれる」

 お釈迦様が実際に苦を脱して解脱という状態を示され、お大師様が即身成仏(ソクシンジョウブツ)法を修法し、み仏に成った姿を示されたからこそ、私たちは救われることを信じられます。
 解脱し、生き仏となられた方々は、仏法による救いが確かにあることを教えてくれます。
 これ以上頼もしい教えがありましょうか。

・苦しみを消滅させるための真の道

「『真の道』は、この真の消滅を達成するための手段です。」

 仏教の歴史は、手段を探求する歴史でもありました。
 お釈迦様もお大師様も成仏への道を遺され、成仏に憧れる弟子たちは少しでも超人の域に近づきたいと願い懸命に研鑽を重ねてきました。
 それが今、各宗派に伝えられている「お次第」です。
 お次第は明らかに歴史と共に進化しています。
 仏教はお告げではなく、道理によって理解され深められる哲学が根本にあるので、当然です。

 この〈手段〉が伝えられ実践されればこそ、私たちは心をよき方向へと変化させ、自他ともに救われる道を歩めます。
 それは航海の羅針盤と同じです。
 たとえば合掌一つとってみても、いかなる心でいかなる形で両手を合わせるのか、教えられなければわかりません。遺された教えに依って行う心の伴った合掌でなければ、動物の動作と大差なくなってしまうではありませんか。

「これが、真の消滅と真の道が真の意味での救済者であると言われる理由です。」

 理解されるべき教えは、智慧の実践修行(慧学)と、「智慧を可能にする前提条件としての深い瞑想の実践修行(定学)と、その瞑想を可能にする前提条件としての戒律の実践修行(戒学)」です。

「これら三つの実践修行を主題にとして書かれた(あるいは伝えられた)テキストが言語表現としての教えです。これらには三つの種類があります。
 すなわち論書と経典と律とです。」




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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