コラム

 公開日: 2013-03-14  最終更新日: 2014-06-04

東日本大震災 ─東北関東大震災・被災の記(第129回)─「小説は 死者と生者つなぐ」考(その2)

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。







〈岩出山の森栖さん〉



 3月11日付の朝日新聞に掲載された池澤夏樹氏といとうせいこう氏の対談「小説は 死者と生者つなぐ」を読んでいます。

いとう氏
「日本には、非業の死を遂げた人の霊をしずめるための能や歌舞伎や浄瑠璃があった。
 死者の恨みをどう共有するのかという意味で、芸能や文学が人の魂にふれてきたと思う。
 今、科学も宗教も生と死をとらえきれない。
 だから、その中間領域に小説を置かないといけない。」

 死に行く人の恨みは周囲にいる人々の記憶に残り、死者への怖れとなる。
 だから、死者を慰撫するために、芸術の世界で恨みを昇華させ、時には神として崇める。
 やがて怖れが憐憫や畏れへと変われば、送った側の人々は徐々に安心することだろう。
 しかし、仏法は、生者も死者も等しくみ仏の子であると観て、悪しき心のはたらきである恨みと対峙し、心から切り離す修法を行う。
 四十九日忌には薬師如来、百か日忌には観音菩薩、あるいは三回忌には阿弥陀如来のお導きをいただく供養会には、死者の滅罪を重ねて願うという一面がある。
 それは、死者の安心を願い供養する生者がよき心となり、自らの滅罪を行う機会でもある。

 
池澤氏
「医学は科学だから『ご臨終です』で終わる。
 でも、そこから始まるものがある。
 死を納得するための工夫が要る。
 僕は、震災で母親を亡くした友人から、どうやって亡きがらを見つけ、どう弔ったかを丁寧に聞いた。
 彼は語ることで自分の中の何かを鎮めた。
 僕は体験の一部を受け取ることで何かを担った。」

 否応なく「そこから始まるもの」への対応は、宗教者の仕事でもある。
 供養や人生相談に訪れる方々の瞳にかかっている翳(カゲ)が、お帰りになられる時にいくばくかでも薄れていると確認できれば、心に安堵が広がる。
 時には、帰りしなの言葉が耳に残る。
「おかげさまで、一区切りつきそうです」
「まだ、前へ向かう気持になれません」
 いずれにしても、氏の言うとおり「担う」役割は重い。

いとう氏
「『双頭の船』というのは、頭の一方が死の世界に向かっていて、もう一方が生の世界へ向いていると思う。
 死の海が生の舳先(ヘサキ)に接し、生の海は死に接し、死と生が行き来する動力でこの船は進む。
 そして、船を縦軸にすると時間軸になる。
 下は過去でみんな死んでいる。
 上は未来。
 これから生まれる未来の人は、今はまだ死んでいるともいえるわけで、過去と未来は死でつながっている。
『想像ラジオ』の主人公はディスクジョッキーだが、最後の方で次のDJが出てくる。
 つながっていく。
 未来と過去はこうして扱わねばいけねいのかなと。」
  
 氏はまさしく輪廻転生(リンネテンショウ)を語っておられる。
 私たちがこの世で活躍するたかだか100年もない時間は、死と死の間にあるつかの間のできごと。
 氏の言う「これから生まれる未来の人は、今はまだ死んでいる」の「まだ」は、永遠とも言えるほど長い。

池澤氏
「被災地の初期のざわめきが鎮まるための2年だった気がする。
 三回忌というのは、死者が向こうへ歩き始める時期なのではないか。」

 氏が感じておられる切り替わりの時期は普通、四十九日忌に当たる。
 薬師如来の強大なお力をいただき、この世と微かにつながっている気配も消え、完全に「向こう側」の存在となる。
 しかし、今回の震災において、あまりにも強引に死の淵へ引き込まれたたくさんの方々の中には、いまなお何かを〈引きずっている〉方もおられることだろう。
 氏は、2年が経ち、そうした方々もはっきりと向こうの住人になったのではないかと感じておられる。
 修法する者の立場としては、「向こうへ歩き始める」というより、死者は、私たちがおよそ想像し得る限り最高に安楽な世界で憩い始められたと考え、感じている。
 そうした意味では、氏のイメージする「向こう」は極楽浄土であろうから、宗教者と似た感覚なのかも知れない。

いとう氏
「僕の場合は死者が話しかけてくるまでに2年かかったという感覚です。
 向こうから『聞け』と言ってくる声を想像で書くには、客観性と批評性が必要で、それは小説だった。」

 やはり、2年後の三回忌には、時間が経過したことによる何かが顕わになる。
 宗教者は阿弥陀如来の救いを祈り、小説家は落ちついて語り出した向こう側の声を聴く。
 時が経ち、鎮まることは、向こう側とこちら側の双方へ安心をもたらす。
 向こうでは憩いが深まり、こちらでは新たな言葉が紡ぎ出される。
 しかし、それもなお、こちら側の現実は過酷なままだ。





 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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