コラム

 公開日: 2013-03-23  最終更新日: 2014-06-04

【現代の偉人伝】第170話 ─日本人が奴隷として売買されていたことを明らかにした野村哲郎氏─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。








〈宗教的組織であるイエズス会が火薬の原料となる硫黄を狙って失敗した雲仙地獄(河北新報からお借りして加工しました)〉

 3月22日付の河北新報は、〈片手に武器、片手に聖書〉で世界の制圧をめざすキリスト教が日本を鎖国へ踏み切らせたと書いた。
 また、ローマ法王の精鋭部隊だったイエズス会が、弱者救済の表向きとは裏腹に、日本人の弱者たちを奴隷として海外へ売り飛ばし、江戸幕府が鎖国するまで根絶できなかった事実も紹介した。

 太平洋戦争に敗れた私たちは、戦勝国が善なる国であり、敗れた日本は悪なる国であるといった戦勝国に都合のよい歴史教育を強要され、いまだにその影響は残っている。
 子供の頃、鎖国によって愚かにも世界への扉を閉じていた日本は、幕末の開国でようやく世界の一員となったという教育を受けて育った団塊の世代は、「日本は欧米より遅れ劣った国」と頭へすり込まれている。
 日本は武士が牛耳る階級制の国で、自由はなく、ようやく開国したら、今度は敗戦まで周辺国を侵略し続けた悪い国というイメージを植え付けられた。

 そうした中で、日本におけるキリスト教徒は、弱者を救い、弾圧を受け、それでも信仰は捨てなかった清らかな人々と位置づけられてきた。
 キリシタン天草四郎はその典型であり、ジャンヌダルクなどと共通するスーパーヒーローとしての役割を果たし続けている。
 キリスト教はいかにして世界制覇をもくろんできたか、日本へやってきた目的は何か、日本で何をしようとしたか、実際に何をしたか、その実態は巧みに隠されてきた。
 もちろん、炯眼を持った方々はとうの昔に気づいておられたことだろうが、一般庶民は新聞やテレビなどで知らされるといった機会がないとなかなか知識を得られない。
 ところが、何かというとすぐに「アメリカでは」あるいは「欧米では」と持ち出す評論家たちを見てもわかるとおり、マスコミの多くには欧米諸国への独特の依存や遠慮や劣等感があり、宣教師が日本人を奴隷として売り飛ばすことにかかわっていたなどという事実は、なかなか大っぴらに紹介されはしなかった。

 今回、河北新報の野村哲郎氏は、『野望の裏 見抜き弾圧』と題する記事をもってそこへ切り込んだ。
 記事は短いが、とてつもなく重い事実が正確に述べられている。
 キリスト教やイスラム教には、日本の伝統仏教や神道のような大らかさや謙虚さなどという面がない。
 布教のパターンはただ一つ、受け入れ服従するか、さもなくば死か、である。
 布教=制圧であり、それは歴史的事実である。
 神の愛は信じる者にしか及ばない。
 だから、信じない者は殺され、奴隷として扱われても当然である。

 野村氏は書いた。

「イエズス会による布教が本格化した16世紀半ば以降、信徒が寺社を打ち壊したり、キリスト教を嫌う勢力が南蛮貿易で潤う町を焼き払ったりと、ポルトガル船と宣教師の向かう先々で血なまぐさい事件が続発した。」

「『異教の地をことごとくキリスト教化する。目的のためには武力行使もいとわない』。
 これが、『法王の精鋭部隊』を自認するイエズス会の、創設以来変わらぬ姿勢だった。」

「追放令には、日本人が奴隷として海外に売られてゆくのを防ぐ目的もあった。
 戦国の世は、人身売買の対象となる弱者を数多く生み出した。
 ポルトガル人は日本人男女を鎖でつないで船底に押し込み、海外に売り飛ばした。
 奴隷貿易には宣教師も手を染めていた。
 日本人奴隷の売買は、徳川幕府が鎖国に踏み切るまで根絶できなかった。」

 ただし、こうした歴史があるからといって、キリスト教を蔑視したり、敵視したり、憎んだりするのは正しい学び方ではない。
 戦後、戦勝国から日本人へ与えられた歪んだ歴史観の呪縛を脱し、日本人が自分の眼で確認した事実に立脚した歴史観を持ちつこと。
 そして、宗教的世界観を背景にして政治活動も軍事活動も経済活動も行われているという現実を見すえてものを考え、行動することが大切なのではなかろうか。
 国を守るとはいったいどういうことか、も、あらためてよく考えてみたい。
 アメリカのオバマ大統領は聖書へ手を当てて宣誓し、ここ一番の演説では「神」へ言及する。
 ──その「神」は世界をキリスト教で地ならしせよと命じている……。

 以下、後日のため、全文を掲載しておきます。

 伊達政宗が慶長遣欧使節の派遣を実行に移したのは、徳川幕府がキリスト教の禁教に傾いてから、弾圧へ動き始めるまでのきわどい時期だった。

 前代の豊臣政権も、キリスト教容認から禁教、迫害へと同じ道筋をたどっている。
 秀吉も家康も、貧者や病人に福音を授ける宣教師たちを初めは黙って眺めていた。
 だが、戦国期をくぐり抜けた覇者の嗅覚は、すぐに危険なにおいを感知した。

 両雄だけではなく、キリスト教伝来の地である薩摩と大隅を領する島津氏も、宣教師の裏の顔をいち早く見抜いていたとされる。

 -1584年春、佐賀の猛将龍造寺隆信が、5万7000とも伝えられる大軍を率いて長崎県の島原半島に侵攻した。
 迎え撃つ有馬・島津連合軍は8000。本国に大兵力を温存している島津はともかく、島原の小領主にすぎない有馬の命運は、風前のともしびと思われた。

 ところが、龍造寺勢は連合軍の仕掛けたわなにはまる。
 身動きの取れない湿地帯に誘い込まれ、横合いから激しい銃撃を浴びた。
 主将の隆信は戦死し、龍造寺氏は滅亡に向かう。

 「沖(おき)田(た)畷(なわて)の戦い」と称されるこの合戦の舞台裏で、ローマ法王公認の修道会であるイエズス会が動いていた。
 イエズス会は、キリシタン大名の有馬晴信に鉄砲、弾薬、兵糧や軍資金を提供し、連合軍勝利の陰の立役者となった。

 イエズス会による布教が本格化した16世紀半ば以降、信徒が寺社を打ち壊したり、キリスト教を嫌う勢力が南蛮貿易で潤う町を焼き払ったりと、ポルトガル船と宣教師の向かう先々で血なまぐさい事件が続発した。 また宣教師たちは硫黄の産地である島原半島の雲仙などを布教の重点地域にしていた。
 硫黄は黒色火薬の原料になる。
 「何をたくらんでいるのか」と、島津氏は疑念を抱いた。
 
 果たして、龍造寺氏を打ち破った後、イエズス会は「恩賞として雲仙が欲しい」と言い出した。
 要求は、島津の猛反対にはね返された。

 戦国期において、垂ぜんの輸入品といえば硝石だった。
 黒色火薬は木炭と硫黄と硝石を混合して作る。
 中国内陸部やインドのベンガル地方に産する天然硝石を握っていたのは、ポルトガル人だった。
 有馬のような弱小勢力が生き残るためには、南蛮貿易に影響力を持つ宣教師たちと良好な関係を保つことが、どうしても必要だった。
 有馬晴信の叔父の大村純忠などは、自領の長崎をイエズス会に寄進し、改宗に応じない領民を容赦なく殺害した。

 キリシタン大名たちの「忠勤」ぶりに気をよくした宣教師の中には、自らの権威をことさらに誇示する者もいた。
 ガスパール・コエリョという、日本におけるイエズス会の布教責任者の言動は際立っていた。
 コエリョは86年、大坂で豊臣秀吉に面会し、「中国へ攻め込むご意志があるなら、ポルトガル領インドから援兵を送らせましょう」と言い放った。
 翌年、九州平定のため博多に在陣していた秀吉を快速の軍船に招き、自分の命令一つで船が進退するさまを見せつけた。

 「衣の下の鎧(よろい)」をのぞき見た秀吉は、間もなく「バテレン追放令」を発して宣教師の表立った活動を封じ、イエズス会によって要(よう)塞(さい)化されていた長崎を直轄領に組み入れた。

 コエリョは実はキリシタン大名を糾合して豊臣政権を打倒し、日本人を先兵に、中国へ攻め込む野望を抱いていたとされる。
 「異教の地をことごとくキリスト教化する。目的のためには武力行使もいとわない」。
 これが、「法王の精鋭部隊」を自認するイエズス会の、創設以来変わらぬ姿勢だった。

 追放令には、日本人が奴隷として海外に売られてゆくのを防ぐ目的もあった。
 戦国の世は、人身売買の対象となる弱者を数多く生み出した。
 ポルトガル人は日本人男女を鎖でつないで船底に押し込み、海外に売り飛ばした。
 奴隷貿易には宣教師も手を染めていた。
 日本人奴隷の売買は、徳川幕府が鎖国に踏み切るまで根絶できなかった。

 (本稿は長崎歴史文化博物館研究グループリーダー・大石一久氏の所説と、東北大災害科学国際研究所長・平川新氏の論文「前近代の外交と国家-国家の役割を考える」などを基に執筆した)
 (生活文化部・野村 哲郎/写真部・高橋 諒)





 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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