コラム

 公開日: 2013-03-25  最終更新日: 2014-06-04

4月の聖語 ─埋もれている真理を探そう、埋もれていることを嘆くまい─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






〈高橋香温宣誓の作品です〉

 お大師様の言葉です。

「真理がみずから伝わるということはない
 それを伝える人に由(ヨ)ってはじめて広まるのである。
 真理は永遠に滅するものではない。
 その真理を真理ならしむるものは人である。」(空海BOTを参照)

 真理は人に発見されてこそ真理として意味を持ちます。
 原因には結果が伴い、結果には必ず原因があるという「因果応報」の理も、お釈迦様がはっきりと認識し明確に示されたからこそ、私たちは真理として受けとめ、善いことをせよという倫理の根拠も明らかになりました。
 真理は作られるのではなく、人によって真理とされるのです。
 仏教には埋蔵経(マイゾウキョウ)という思想があります。
 いかに優れた真理が説かれた経典でも、それを理解し、必要とする人がいないうちは、人知れずどこかに埋もれ、時を待ち人を待っています。
 真理を求めていたお大師様が夢で『大日経』のありかを知り、その内容を知りたくて海を渡ったのは有名なできごとです。

 人間の世界でも、優れた人材が不遇をかこっていたり、人知れず研鑽していたりする場合があります。
 あるいは、事情によって、並外れた徳質を開花させられないでいる人もいます。
 そうした逸材が、眼力がある人との出会いによって一気に人生の花を咲かせたりもします。
 有名なのが、謡曲『鉢の木』です。
 
 雪の降りしきる夜、見知らぬ旅の僧へ宿を貸した落魄(ラクハク…落ちぶれること)の武士佐野源左衛門常世は、薪がなくなり、大事にしていた盆栽を「梅」「松」「桜」の三本とも燃やしてもてなしました。
 僧から問われるままに身分を明かした源左衛門は、逼塞(ヒッソク…ひっそりと暮らすこと)していながらも武士の魂を失ってはいないことを述べます。
「落ちぶりたりといえどもこの源左衛門、鎌倉殿の御家人として、もし幕府に一大事がおこれば、千切れたりとも具足を着け、錆びたりとも薙刀を持ち、痩せたりともあの馬に乗り、一番に鎌倉に馳せ参じ、一命を投げ打つ所存でござる」
 やがて鎌倉から全国の武士へ動員がかかり、源左衛門は言葉どおりに、みすぼらしいなりのまま駆けつけました。
 そして、ひしめき合う武士たちの中から、ひときわ落ちぶれたなりの自分が呼び出されて驚きます。
 呼び出したのは〈あの時の僧〉すなわち、鎌倉幕府の最高実力者北条時頼だったのです。
 源左衛門が故郷に錦を飾ったのは言うまでもありません。

 真理を求めるのも、人材を求めるのも同じです。
 真理も、まことのある人も、必ずどこかに存在しています。
 求める人の真剣さと、求められるものの価値とが通じ合った時、見いだし、見いだされるのではないでしょうか。

 さて、この身このままでみ仏に成るという仏教の到達点「即身成仏(ソクシンジョウブツ)」は、そのレベルを求め理解する人々によって発見され、研究され、それを実践する人々によって世に知られるようになりました。
 真理をつかみ真理に生きている人は、強引に思想や宗教を広めようとして他の主張を持つ人々と争う必要はまったくありません。
 社会へ対して最も大きな影響力を持つのは、思想や宗教そのものよりも、それを信じて生きている人の生きざまです。
 お釈迦様も、お大師様も、ご自身のすべてをかけて探求し、つかんだ真理と一体になって生きられました。
 その真実があればこそ、示された真理が時空を超えて信じられ、研究し、実践し、救われ、結果として周囲の人々の救いとなりもする無数の人々を生み続けています。
 真理は、生きた人間の真実があるところに自(オノ)ずとと顕れ、自(オノ)ずと広まります。

 人もまた、まことある生き方を貫いていれば、必ずや、仏神は手を差し伸べてくださいます。
 まことがなければ、いかなる栄華も高名も砂上の楼閣でしかありません。
 私たちは日々、〈崩れ、堕ちて行く成功者〉の報に接しているではありませんか。
 まことある人々は、たとえ世に埋もれていても、決して崩れない人生の真実を積み上げています。
 その真実は、必ずや芳香を放ち、周囲の人々の心へ得も言われぬ温かさや、奮い立つ勇気をもたらします。
 お釈迦様は説かれました。

「花は風に乗せて香りを広げるが、徳の香りは風に逆らっても広がり、やがては天界にまで届く」

 孔子様は説かれました。

「徳ある人は決して孤立せず、放っておかれない」

 真理は人によって真理とされ、徳もまた、人によって徳とされるのです。
 信じてやりましょう。





 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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