コラム

 公開日: 2013-03-28  最終更新日: 2014-06-04

詩人リルケと三人の行者 ─落ちた衣の謎─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






〈岩出山の森栖さん〉

 以前、書いたリルケの寓話について、あらためて考えてみます。

 ある時、詩人リルケは、女性へインドの寓話を教えました。

 インドの海岸で、3人の修行僧が法衣を木の枝にかけ、水浴をしました。すると、サッと舞い降りた鷲が海面から魚をくわえ、飛び去りました。
 1人は叫びました。
 「こんちくしょう!」
 すると法衣は、風もないのに枝からサラリと落ちました。
 もう1人も小声で言いました。
 「かわいそうに」
 法衣は同じように落ちました。
 沈黙したままの修行僧の衣は落ちなかったそうです。

 この物語を以前、私たちの心に巣くう迷いの一つである「積聚心(シャクジュシン)」に関してとりあげました。
 積聚心とは、単純に〈ひとまとめ〉にしてこと足れりとする状態です。
 たとえば、「仏教っていろいろあるみたいだけど、お釈迦様からはじまっているんだから結局皆、同じなんだよね」。
 そう言えないこともないけれど、そう言ってしまえば、あまりにも多くのことごとが捨てられてしまいます。
 そして、捨てられたことごとを抜きにすれば、結局、仏教について何も語られないのとほとんど同じになってしまうのです。

 リルケへ戻りましょう。
 衣はなぜ、落ちたのでしょう?
 彼はなぜ、この寓話を大切にしまっておいたのでしょうか?

 鷲が魚をくわえて飛び去るできごとに対して、一人の行者は「こんちくしょう!」と叫びました。
 どう猛な鷲の無情なふるまいが許せなかったのでしょう。
 もう一人の行者は「かわいそうに」とつぶやきました。
 泳いでいた罪もない魚のいのちが一瞬にして無惨に奪われてしまうできごとは、強い哀れをもよおさせたのでしょう。
 確かに、このできごとには、無情もあり哀れもあります。
 叫びが起こるのも、つぶやかないでいられないのも、もっともです。
 しかし、食物連鎖・弱肉強食を含むこのできごとは自然の節理の表れであり、眼にした三人の人間もまた、節理の中にいる存在です。
 そうした真実が強烈に訴えかけてくるできごとを前にして、圧倒された私たちは言葉を失う場合があります。
 沈黙していた三人目の行者がそうです。

 つまり、二人の行者の衣が落ちたのは、言葉の軽さに反応したからです。
 できごとの重さに対して、反応も、言葉も、あまりに軽かったのです。
 一人の行者の衣が落ちなかったのは、じっと心を深めていたからです。
 受けとめきれないできごとの重さを、ただ、受けとめようとするしかないところに重い真実があったのです。
 受けとめている過程で、あるいは、受けとめきれたあたりで、あるいは、放り出すしかなくなったところで、真実は言葉になるのでしょうか。

 それにしても、言葉を紡ぎ出しつつ生きているリルケがこの寓話を語ったことには、あまりにも深いものを感じます。
 ある作家は端的に「書くのは苦痛である」と言いました。
 もうだめかと思うあたりにくると、旅に出るなどして周囲の景色を変えるそうです。
 部外者にはとても想像のつかない世界ですが、見聞きするものを単純にひとまとめの言葉にしてしまう思考と言葉の〈軽さ〉には気をつけたいものです。
 たとえば、食事をして「おいしい」と言い、景色を観て「美しい」と言った時、そこにまとめ切れなかったもの、そこからこぼれ落ちたもの、それで伝え切れなかったものをふり返ってみるなどすれば、心も言葉も、もっと豊かになるのではないでしょうか。
 そして、思想でも、宗教でも、「これさえあれば」という気持になった時、思考停止になっていないか、排他的になっていないか、独善的になっていないか、ふり返る余裕を持ちたいものです。
 そうすれば、つくられた世論に流されたり、カルト的な宗教に巻き込まれたりせず、信じられる確かなものを信じつつ、落ちついた生き方ができるのではないでしょうか。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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