コラム

 公開日: 2013-04-02  最終更新日: 2014-06-04

第三回法楽塾 ─『ダライ・ラマ法王の仏教哲学講義』を読む(4)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






ダライ・ラマ法王の仏教哲学講義(2の2)

第一章 仏教における論理的思考の重要性

 第二節  仏教を特徴づけるもの(その2) ─四つの見解─

「見解、すなわち哲学的な観点からは、ある人が仏教徒であるか仏教徒でないかは、その人が、仏教の教義を他から区別する四つの特徴的な見解(四法印)を受け入れるかどうかにかかっています。」

「1 生じてきたもの一切は無常である(諸行無常)。
 2 [煩悩によって]汚れたものはすべて苦しみである(一切行苦)。
 3 存在するもの一切は空であり、無我である(諸法無我)。
 4 涅槃は一切が鎮まった境地である(涅槃寂静)。」

「この仏教を特徴づける四つの見解には仏教の重要な概念がたくさん含まれています。」

 ダライ・ラマ法王は「仏教徒を他のものから区別する特徴」として救済者と見解の二つを挙げられました。
 二番目の「見解」を考えます。
 ただし、法王はここでは詳しく説明せず、もう少し進んでからにしましょうと述べられました。
 今回は、「すべては空であり、空と観られなければ苦が生じ、空と観ることができれば悟りであり、そこはこれ以上ない安楽な境地である」と押さえておきましょう。

 さて、法王は「般若心経」における空を四つの面から説いておられます。
 出典は長文の「般若心経」です。

「第一は『形あるものは空である』。
 これは現象世界を空として捉えると理解できる。
 このことで、人は唯一の存在、絶対者の存在という考えを超越することができる。」

 空とは、「独立して存在しているものはない」ことです。
 相互依存という関係性の中にあるということです。
 この世のありとあらゆるものは、決して自分だけで存在してはいません。
 互いに依存しあってこそ、存在していられます。
 ネコのクロは、生まれ、餌と家を与えられ、病気にならず、叩かれず、殺されないから、今、ここにいます。
 親や飼い主や、さらに餌の工場や販売店などに依存して、生きています。
 私もそうです。
 親から生まれ、先生や先輩に育てられ、ご縁の方々にお支えいただいて今があります。
 新聞は配達されればこそ読まれ、車は盗まれないから今日も使えます。
 周囲のどれをとっても、単独で自立しているものなど、何一つありません。
 自分の身体はどこにあるか?
 手が自分か?
 足が自分か?
 自分の心はどこにあるか?
 今ここにあると思えるが、眠っているうちはどこへ行っているのか?
 昨日の自分はもういないし、明日の自分はいるかいないかすら定かではない。
 身体も心も、存在できる条件が全部揃った状態の中で、〈かりそめに〉〈危うく〉存在しているのみです。
 眼前に広がる現象世界にあるものはすべて、空です。
 どこにも、空でない唯一の存在や絶対者は確認できません。

「第二は『空は実に形あるものである』。
 これは縁起という考えの中で、どのように空を理解すべきかと捉えるべきである。
 空は縁起を通して現れる。
 そして、それは人をして極端な虚無主義を克服させる。」

 すべてが空であればこそ、因となり縁となる絡み合いの様相を呈しながら、この世を形づくる因子となっています。
 空は、形あるものとしてのみ、明らかになります。
 種が蒔かれ、水や肥料などがそれに加われば花は咲きますが、加わるべきものが揃わなければ、花は咲きません。
 花が咲く過程である縁起に花の空は顕れています。
 すべてが因と縁によって生じており、すべてが変化の中にある空であればこそ、何かを変え、自分をも変え、周囲とのバランスの中で希望が実現できます。
 また、互いに何かの因となり縁となっている以外のありようはないので、無はどこにもありません。
 すべてを虚無と観る虚無論にも、どこかに神などの絶対者がいてすべてを操り、すべてが決定づけられているとする決定論にも陥らず、中道を歩むのがお釈迦様の教えであり、仏教哲学の帰結です。

「第三は『形あるものは空以外のものではない』。
 これは現象と空、あるいは、空と縁起の結合を表現する。
 それは人をして、実在、非実在の両極端の考えを乗り越えさせる。」

 周囲にある何をとってみても、相互依存という形でしか存在し得ておらず、互いが互いの因となり縁となってのみ存在しています。
 つまり、絶対的に実在しているものはなく、一方、現象世界に現れているものの何一つ非実在の無であるものもなく、実在として執着するのも、無として無関心になるのも誤りです。
 極端を離れた中道に空の真理はあります。

「第四は『空は形あるもの以外ではない』。
 これは現象と空がいかに矛盾しないかを表現している。」

 空は無と関係なく、〈何か〉として存在しているものの姿、すなわち現象に現れています。
 空と現象は切ろうとしても切り離せず決して矛盾しません。
 小さな一匹のアリも、巨大なビルも等しく、因と縁により、無数の相互依存により、その関係性の中ですべては生じ、滅して行きます。
 
 仏教徒であることを示す「四つの特徴的な見解(四法印)」は、この空の思想に支えられています。




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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