コラム

 公開日: 2013-04-08  最終更新日: 2014-06-04

人を憎む自分に悩んでいます ─「マイベストプロ宮城」主宰春のセミナーでのお話─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。







 4月10日午後2時より、河北新報社1Fホールにて、「自己中心を離れ共に幸せと安心を」と題する講演を行います。
 主宰は「マイベストプロ宮城」さんです。

 自己中心的な性向の強い人は周囲の人々にとって困り者であり、自分も気づいていながらどうしようもなかったりします。
 どうにかしようとしているうちはまだましですが、居直ってしまうと、軋轢の絶えない生涯になってしまいます。
 そもそも、わたしたちは、強度にちがいはあれど、誰でも自己中心的な志向を持っています。
 互いに肘を張り壁を作り、ともすれば周囲から奪おうとするので、誰にとってもこの世はままなりません。
 お釈迦様は、それを端的に「苦」と説かれました。
 
 この自己中心的な姿勢はどこから来るか?
 一つは、生きものとしての〈生きたい〉という欲求です。
 もう一つは、自分と世の中を観る視点のかんちがいです。

 一番目の問題は、それ自体をなくす方法はなく、人間がけだものとは違う尊さを発揮して抑えるしかありません。
 たとえば、3月3日、猛吹雪の北海道湧別町で、9才の娘を助けようとして覆い被さり、娘を守ったまま凍死した状態で発見された父親(53才)は、親子すら殺し合う時代に生きる私たちへ大きなものを突きつけました。
 太平洋戦争の激戦地を生き抜いた方々の言葉にも、ギリギリの場面で人間が人間たり得る難しさと厳しさと崇高さを感じさせられます。

 二番目の問題は、仏教が救済の根本問題とするところであり、自分を含め、この世にあるものを実体視するがゆえに生じる煩悩(ボンノウ)の数々につながります。
 だから、お釈迦様は、苦を滅する8つの方法『八正道(ハッショウドウ)』の最初に「正見(ショウケン)…正しい見解」を挙げられました。
 仏教の歴史は、この正しい見解を求め、その方法を探求し発展させてきたとも言えそうです。
 たとえば、人生相談に来られた憎しみに悩むAさんのケースです。
「なぜ、3年も前に他人の面前で軽蔑されたBさんへ対する憎しみが消えないのでしょう。
 憎しみがぶり返すのは困りますが、人を憎む自分も嫌でたまりません」
 Aさんは、自分に理があると信じておられますが、そうだとしても、Bさんが問題ある行動をとったことに、Aさんの言動がまったく無関係だったかどうか、よく考え、調べる必要があります。
 何ごとにも直接的原因である「因」と、間接的原因である「縁」があります。
 もしもBさんに他人へ対する攻撃的姿勢や、言動に常識が足りないなどの問題点があったとしても、相手となったAさんの側に、Bさんが具体的行動に出るきっかけとなる言動はなかったか?
 つまり、Aさんの側に、Bさんの行動を招いたいかなる「縁」もなかったかどうかということです。

 人望と名声を妬んだ愚か者が、お釈迦様を罵倒しました。
 お釈迦様は平然と、「あなたは贈りものを持って行った時、相手が受け取らなかったらどうしますか?」と訊ね、「もちろん、持ち帰ります」と応じた相手へ「私も同じように、貴方の言葉を受け取らず、お返しします」と言われました。
 そして、「天に唾するような愚かしいことはやめなさい」と諭されました。
 この場合、愚か者の言動を決定づけた縁の一つが、お釈迦様の人望と名声です。
 それは、お釈迦様の責任と言えるでしょうか?
 当然、お釈迦様に責任はありません。
 しかし、罵倒という愚考の縁になっていたことは確かです。
 お釈迦様はそれを熟知しておられればこそ、平然と受けとめ、決して争いの姿勢を取らず、愚か者を教化する貴重なきっかけとされました。

 さて、Aさんはどうでしょうか?
 きっと、「自分はちっとも悪くない、全部相手の責任だ」が対応の出発点になっており、それは今なお、変わらないのでしょう。
 このあたりは少し、考えなおしてみる必要があります。

 それに、その後の交流もないまま3年が経過した今、かつての「他人の面前」や「軽蔑」はどこへ行ったのでしょう。
 できごとの影響力はどこの誰にどのような形や力で残っていると想像されるでしょう。
 できごとはもはや、Aさんの記憶にしかないものと思われます。
 私たちの心は一本の細い糸のようなものであり、糸は極小の点で構成されています。
 点は横にしかつながらず、常に一つの点のみが心に浮かびます。
 もしもBさんへの憎しみが点となって心に顕れているならば、他のものは生じていません。
 逆の言い方をすれば、他のものが点となっている時、Bさんへの憎しみはないのです。
 ならば、Bさんへの憎しみよりも強い関心事を点として、心の糸を形成することです。
 つまり、自分の心を変えるのが、問題解決の方法です。

 講演では、「正しい見解」について、皆さんと共に考えてみましょう。

○何をどう信じたらよいかわからず不安だらけ
○悪霊が憑いていると言われ不安でたまらない
○お骨(ペットも)を抱えて途方に暮れている
○後継者がいないけれど、放置されたくはない

 こうしたテーマについても共に考えてみましょう。
 どうぞ、お気軽におでかけください。
 今日の守本尊普賢菩薩様です。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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