コラム

 公開日: 2013-05-01  最終更新日: 2014-06-04

他の寺院でご葬儀を行えば先祖代々のお墓へ納骨できないか(その1)


 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 仙南在住のAさんです。
「代々お世話になっている寺院の住職の行状が芳しくありません。
 とても、大事な親の死後を任せるわけには行かないので、やむを得ず他の寺院でご葬儀を行いました。
 ところが、納骨をしようとしたら、すごい剣幕で納骨はさせないと拒否されました。
 どう考えたらよいのでしょうか?」

 これまで何件も、似たようなご相談がありました。
 まず、寺院とは何か、ご葬儀とは何か、お墓とは何かを考えてみましょう。
 そこを確認せずして真の解決策はありません。
 なぜなら、葬送は宗教行為であり、宗教的見地からの判断にまさるものはないからです。

1 寺院とは何か

 寺院とは三宝(サンポウ)のある所です。
 ご本尊様としてのみ仏がおられ、教えがあり、それを守る僧侶がいなければなりません。
 托鉢先で、しばしば、こんなことを申しあげます。
「仏壇は家庭用のお寺です。
 真ん中にはお位牌を置くのではなく、ご本尊様をお納めしましょう。
 そうでないと、お位牌の箱でしかなく、本来の仏壇とは言えません」
 ご本尊様がおられなければ寺院も仏壇もあり得ず、ただの家や箱です。。
 また、教えが説かれ、修法に力があり、〈法〉が活き活きとはたらいていなければ、生きた寺院とは言えません。
 そして、ご本尊様にお仕えする行者としての僧侶と、ご本尊様を信じ、維持するための自主的協力を行う信徒さんがいなければ、これもまた、生きた寺院とは言えません。
 こうした三つの要件が整わなければ、建物はあっても、遺物か見せ物でしかなくなります。
 仏教僧ではなく中国政府によって管理され、真の宗教行為が許されず、法外な入場料を請求される見せ物となり果てたチベットのポタラ宮はその一例です。

2 ご葬儀とは何か

 仏教におけるご葬儀とは、ご本尊様たるみ仏のお導きにより、死者が仏弟子となり、迷わずにみ仏の浄土へ行けるよう法力の限りを尽くして送り出す儀式です。
 参会者の多少はご葬儀の成立とまったく関係がなく、事実、私は身寄りのない方のために、遺体保存用の冷蔵庫が唸りを上げている部屋でいつも通り引導を渡したことがあります。
 また、仏教の行者が修行を行う目的の一つはこうした際に用いる法力を身につけることであり、それは、手術の執刀医がきちんとメスを用いて責務を果たせるよう錬磨するのと同じです。
 当然のことながら、法力のない者に引導は渡せず、それは錬磨を行わない医師が触診しても病状の診断ができないのと変わりありません。
 そして、参会者にとってのご葬儀とは、忙しい日常生活の流れから離れて立ち止まり、先立たれた方へ感謝や畏敬の念を持ちそれを行動によって表現すると同時に、自らの生の伴走者である自らの死と向き合う機会です。
 お線香を点して精進行を誓い、お水を捧げて布施行を近い、お花を飾って忍辱(ニンニク…忍耐)行を誓うなど、先立たれた方がつくってくださった人生修行の機会を生かして、生き方を変える機会でもあります。

3 お墓とは何か

 お墓は、お骨を納め、死者がみ仏に守られると同時に、供養に訪れる方々もまた、み仏にお守りいただく、死者・生者共に守られる聖地です。
 だから、お墓が完成したなら必ず、仏神のご加護を願い魂入れの法を結びます。
 法が結ばれないままでは、お骨を納めた箱でありお参りの目印でしかなく、安らう御霊へ申しわけありません。
 私たちは、この世に生まれ出てから死ぬまで、親や先生や先輩など、無数の人々に導かれてこそ、まともな生涯を送られます。
 人間という生きものに生まれれば自動的に人間として生き、人間としての生をまっとうできるわけではありません。
 ジャーナリスト堀川惠子氏著『永山則夫』の「あとがき」です。
「人間として生きていくための基盤となる家族、そして、その絆を失った人たちへの第三者のまなざしこそ、取り返しのつかない犯罪への一歩を止める何ものにも替え難い力になる」
 人には信頼でき成長させてくれる相手、つまり広い意味での〈導き手〉が欠かせないのです。
 導き手のおかげで人生を歩める私たちが、あの世へ行った途端に、導き手もないままで安心の世界をめざせるはずがありましょうか?
 ご葬儀で迷わずに確かな一歩を踏み出し、よりどころとするお墓で安心できるためには、み仏のお導きが欠かせません。
 
 ここまでで、今回の問題に対応するベースが確認できました。
 次回は、ご相談の現状について具体的に考えます。
 
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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