コラム

 公開日: 2013-05-16  最終更新日: 2014-06-04

宗教的救いと宗教を超えた救いについて ─仙台稲門会にて(その4) 思いやりこそが共通の救い─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 5月7日に行った仙台稲門会でのお話についてまとめています。
 
4 「信じよ」だけでは救われがたい時代における倫理と救済の立脚点はどこか?

 平成24年に出版されたダライ・ラマ法王著『宗教を超えて』は、万人共通の倫理を明確に示しています。
 この本の意図するところについては、当ブログ内の「ダライ・ラマ法王の『宗教を超えて』に思う(http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3562.html)」で紹介しています。

 宗教への関心が薄れ、各種のイデオロギーが宗教を敵視する一方、信じる者同士がぶつかり合う時代にあって、人間が人間たる根拠である倫理に立脚した思考を持てなければ、不安と争いはなくなりません。
 法王は序文で述べられました。

 「もちろん世界の大宗教はどれしも、慈しみの心、あわれみの心、忍耐、寛容さ、赦しの大切さを強調していますし、内なる心の徳性を育むことをやってきています。
 しかし今日の世界において、宗教に立脚した倫理はすでにふさわしいものではなくなってきているのです。
 そのようなわけで、宗教を超えた倫理と精神性の道を見出すべきときがきていると私は思っているのです。」

 法王は、宗教に依らない共通倫理の原則を指摘されました。 

「第一の原則は、誰もが幸福を望み、苦しみから逃れたいと願っていること、また人類全体が共通して持っている人間性を認識することです。
 第二の原則は、人には生物的に、また社会的動物として相互に依存しあうという特徴があると理解することです。
 これら二つの原則に立てば、自分の幸福が他人の幸福と分かちがたい結びつきを持っていることが理解でき、そこで他人の幸せを真に考慮できるようになるのです。
 倫理的な目覚めと、内的な徳性のふさわしい基盤となってくれるのは、まさにこの二つの原則なのです。
 そして、このような徳性を養うことで、私たちは他人との結びつきを感じ取り、矮小な利己主義を乗り越えて人生の意義や目的や満足感を得られるようになるのです。」

 類い希な宗教者であり、科学者たちとも公開の場で議論して来られた78才の法王は、人類のために、誰しもが理解でき困難を乗り越えて行ける道を示されました。
 この道が広く理解され共通認識として確認されるために宗教的感性も科学的思考も用いられ、それが道徳教育の根になれば、いかなる仏神を信じていようと、あるいは信じていまいと、垣根をつくらずに手を携えて行けることでしょう。

 私たちは、自分が幸福を望んでいることを知っており、家族や友人、知人を考えると、それは誰しもに共通する思いであると理解できます。
 そして、私たちは、生まれて此の方、一瞬たりとも誰かの手を借りないで生きている瞬間はないことも理解できます。
 それなら、「おたがいが、おたがいの幸せのためになる」以外、自分も相手も共に幸せになる方法はありません。
 言い換えれば、人類の幸せのために万人が求められているのは「思いやり」であり、その心は、「自分が信じている仏神と、相手が信じている仏神と、どちらの命に従うべきか」といった思考よりも優先されるべきではないでしょうか。

 自分の人生に〈幸せ〉として積まれてきたものは何か?
 まだ70才にもならない若輩者ですが、ふり返ってみると、それは誰かに喜ばれた記憶であり、誰かに助けられた記憶です。
 テストのよい成績や、商売の成功や、ゆとりのある生活など、子供の頃からの記憶をたどると嬉しいことや楽しいことはたくさんあったはずですが、今となってはほとんど実感がありません。
 もしかすると、受験の失敗や、倒産や、貧困生活などの体験が打ち消す作用としてはたらいているのかも知れませんが、根本的には〈得たもののはかなさ〉のせいであろうと考えています。
 その一方で、「ありがとう」と喜ばれた記憶は子供の頃のものも含めて鮮明であり、「ああ、ありがたい」と深く感謝した記憶も又、今日のできごとであるかのように心を動かします。
 私の〈幸せ感〉は、まぎれもなく、思いやりのやりとりによって育まれており、これが今日の精進を後押しする力になっているように思われます。

 幸福を望み、苦しみから逃れたいと願っている私たちにとって共通の救いとは、幸福を得て苦しみがなくなることです。
 それをもたらすものは、思いやりの心です。
 よくよく考えて自分の導きとし、子供たちの導きもとしたいものです。
 
 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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