コラム

 公開日: 2013-06-21  最終更新日: 2014-06-04

他人の利益をはかるように努めていると、苦しみの世界に行く因縁が消える。 ─7月の聖語─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。








 お大師様の言葉です。

「他人の利益をはかるように努めていると、苦しみの世界に行く因縁が消える」(空海BOTより)

 苦しみの世界とは、苦から抜け出る道の見えない地獄界であり、水などがあっても口から入らない餓鬼界であり、互いに喰い合う畜生界であり三悪道(サンアクドウ)と呼ばれています。
 それはこの世にあるだけでなく、あの世にもあるとされています。
 私たちは過去世の因縁をベースとして現世を生きており、現世は来世のベースとなるからです。
 こうした輪廻転生(リンネテンショウ)は、仏教から生じた思考法ではありません。
 輪廻転生の思考をベースの一つとして誕生した宗教が仏教であり、「今」しか考えない仏教哲学も仏教倫理もありません。

 自分の利益を第一にせず他人の利益をはかる人は、たった今、この世で苦しみの世界から離れる原因をつくります。
 もしも、ひもじい人へおにぎりを分けてあげたなら、現実に、相手の苦が離れるからです。
 見返りを求めずにモノを手放せば、諸悪の根源であるどす黒い執着心が、現実に、薄れるからです。
 苦を抜き楽を与える善行(ゼンギョウ)は、善果(ゼンカ)をもたらす原因になるからです。
 こうして今、相手が救われ、自分も救われ、いつかさらに自分へ善果がやってきます。
 お大師様が「苦しみの世界に行く因縁が消える」と説かれたのは、このことです。

 しかし、今を生き延びられなければ、そうしたことを考える余裕もありません。
 確かに、極限状態にあってなお、尊い行為を実践した人々はおられ、私たちの希望の星となってはいますが、すべての人へ同じような行動を求めるのは酷というものです。
 人も生きものであり、〈自分が生きられる〉方向へ走るのは当然だからです。
 貧困や飢餓や暴力や災害へ立ち向かう社会的意志が必要な理由はここにあります。
〈見捨てておけない〉人々が〈共に〉他者の苦へ立ち向かう時、この世の極楽が実現されます。
 この世の極楽に携われば、もはや、あの世で三悪道に堕ちる心配はありません。

 昭和31年、当時53才の哲学者チャールズ・モリス(米国)は、弥勒菩薩(ミロクボサツ)様へ篤い心で祈りました。
 その一部です。

「われらは弱く、物の豊かさにかえって当惑しています。
 われらの四肢は社会の蜜蜂の巣の中で休(ヤス)らいを知りません。
 われらはまとえる衣装に不安であるくせに裸を怖れます。
 われらは高い山を見ながら、登りもせぬうちにわれらの脚はふるえるのです。
 われらの眼ははば広く見えるそのために、鋭くは見えません。
 多数の神々の声が一人の生き神の声をぼかしてしまったのです。

 真理の名においてわれらが築き上げたのは、言葉の塔ばかり、その塔の中で真理は死んでいます。
 われらは実物で指を傷つけないよう、言葉ばかりを弄んできたのです。
 愛の名において、われらは愛の形成力を裏切ってきました。
 われらはただ取引に損しまいとする愛の商人になってしまったのです。
 親切の名において、われらは外部に伸びる自我の力をみずから抑えてしまったのです。
 われらは己が卑しさを見せかけの謙遜で飾ってきたのです。
 神の名においてわれらは求める人々を十字架にかけてきました。
 われらは己が貧しさを敬神の衣でかくしてきたのです。

 われらは物を見まいと目を盲にしてきました。
 われらは物を考えまいと急ぎ続けてきました。
 われらは実行を延ばそうとするただそのために思想をもちました。
 われらは感覚をにぶらせ、心をくもらせ、筋肉を犬のようにつなぎとめてきました。
 われらは恐れや偽りや欺きの子供です。
 われらは全一ではありません。
 われらは混乱しています。
 われらは弱きものです。

 われらのこの混沌の豊饒を一点に集中したまえ。
 われらに一体性を、埃なき心を、憎しみなしに打擲(チョウチャク)する腕を、
 曇りなき眼を、敢行する勇気を与えたまえ。
 偽りの、作りものの、飾りたてた足場を引き裂き下ろしたまえ。
 われらに単純生を、偽らぬ謙遜を、永劫のウィジョンを、
 一瞬に暖かさを失わぬ心を与えたまえ。
 われらからわれらの恐怖や仮面や逃避を取り去りたまえ。
 われらに弾力性を、このように生まれこのように死することの喜びを、正しい姿勢を、
 苦難にうちかつ強さを、離脱にたえる強さを、愛しうる強さを、与えたまえ、

 御身の出生がそのままわれらの出生となるよう、
 ふたたび宝輪をめぐらしたまえ。」

 遙かな未来に、弥勒菩薩様はお大師様と共にこの世へ現れ、最後の一人まで、すべての人々を救い尽くしてくださいます。
 それが最後の二行です。
 その時を待つまでもなく、私たちは教えに導かれ、弥勒菩薩様の浄土を目ざし、共にこの世へ降りてくる菩薩となりたいものです。
 そのためにも、「他人の利益をはかるように」務めましょう。

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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