コラム

 公開日: 2013-07-05  最終更新日: 2014-06-04

傷ついた日本人へ(その15) ─正命へ─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 被災地を訪れたダライ・ラマ法王が高野山で行った講演の概要が『傷ついた日本人へ』という本になりました。
 皆さんと一緒に、要点を考えてみましょう。

 東日本大震災のような圧倒的力で潰される災厄を受けると、それを忘れ去ることなど、とてもできません。
 打ちのめされた思いが不意に意識へ浮上するといった辛いくり返しが起こります。
 ダライ・ラマ法王は、お釈迦様が、戦争で一族が滅んでしまったおりに、嘆き悲しむ弟子たちへ諭された場面を述べられました。

「このとき釈尊は彼らに、
『亡くなってしまった人々は、もともとそうなる宿命にあったのだ。
 どんなに悔しがってもその運命を変えることはできない』
と諭す一方で、
『こんなにひどい現状にも為す術がないとは、深い悲しみを抱くのも当然のこと。
 たとえどれほど強く宗教に帰依していても、その悲しみを消し去ることはできない』
とも語っています」

 そして、自分を責めないようにとも説かれました。

「『入菩薩行論』を書いたシャーンティデーヴァも同じようなことを説いています。
『困難や苦境に立たされたときは、できる限り努力し、少しでも良い方向へ変えていかなくてはいけないが、自分にはどうしようもできないほど深刻な状況であれば、無力や非力だと自分を責めてはいけない』
というのです」

 私たちは、自分がいつまでも悲しんでばかりいたら御霊が安心できないだろうと考えます。
 そして、前向きにならなければ、とも思いますが、心はなかなか思い通りに動いてはくれません。
 そうすると、次に、自分は何てダメなんだ、と自分を責める心が起こったりもします。
 打ちのめされた自分を自分が重ねて打ちのめすといった二重の過重がかかってしまいます。

 明治26年に生まれた浜田広介が28才の時に作った童話『椋鳥の夢』を思い出します。

「ひろい野原のまん中に、古いクリの木がありました。
 その中に、とうさんむくどりと子どものむくどりが住んでいました。
 むくどりの子は、とうさんにかあさんどりは遠くに出かけていっているときかされていました。
 ほんとうは、もうこの世にいないのに……。
 だんだんふしぎになってきたむくどりの子は、とうさんにたずねます。
『いつかえるの?』
『海をこえたの?』
『山をこえたの?』
 とうさんは、『ああ、そうだよ』とこたえます。

 十日たっても二十日たっても、かあさんはかえりません。
 ある日、木の枝にいちまいだけついていた枯れはが、カサコソなりました。
 むくどりの子は、その音がかあさんどりの羽音のように聞こえてしかたありませんでした。

 むくどりの子は、馬の尾の毛でその葉をむすび風が吹いてもとばないようにします。
 その夜、むくどりの子は夢をみます。
 白い羽のとりが、巣の中に入ってきたところで目がさめます。

 すぐに外に出てみると、かれ葉にうすい雪がかかっていました。」

 私たちは、いたたまれず、椋鳥の子のように、何かをします。
 何かをしないではいられません。
 お経を読誦するのも、写経するのも、年忌供養などを行うのもそうです。
 このような象徴的行為は、強くはたらく寂しさや悲しさを、必ず和らげます。
 そして、きつい負荷をかける感情は、だんだんに輪郭のややぼんやりした切なさや、やるせなさとなり、それは心へ迫るだけでなく周囲へ拡散し、苦しみは想いへと変質します。
 また、象徴的な行為だけが変質の手助けとなるのではありません。
 朝、起きたなら、きちんと歯を磨き、顔を洗い、朝食を摂り、仕事へでかけるといった何の変哲もない行動を誠実に続けることもまた、いつしか役に立っているものです。
 お釈迦様は、こうした節度ある生き方を、正しくいのちを養う道であると説かれました。
 それが「八正道(ハッショウドウ)」の一つである「正命(ショウミョウ)」です。
 この正命こそが、愛する者との別離に生ずる「愛別離苦(アイベツリク)」を克服する方法なのです。

 象徴的行為を含め、できるだけ誠実に何かを行いつつ、いのちを永らえること。
 生きてゆく時間の経過が、いつしか癒しとなり、救いとなっているものです。
 深い寂しさや悲しさを抱えた方々が、いくどか当山を訪れているうちに、目線が少しづつ上がり、瞳の輝きが増し、心の背筋が伸びてゆく様子を見ていると、いのちはご守護の中にあることを実感します。
 ただし、時間のかかりようはそれぞれです。
 ご主人を亡くされたAさんは、お位牌の魂入れに来られました。
「ボランティア同様でやっている介護の仕事を再開してもいいですか?
 夫の兄弟などは、四十九日もまだだし、もう少しおとなしくしていたら、と言うのですが、皆さん、私の復帰を待っているんです」
 そして仕事に復帰されました。
 ほとんど同じ時期に、やはり夫を亡くされたBさんは、その後落ち込んで体重が5キロ減りましたが、三回忌を終えてようやく3キロ戻ったそうです。
 決して他人と比較せず、自分に合ったペースで淡々と生きてゆきましょう。
 そうすれば必ず、陽光を感じられる時がきます。
 私たちはそうした生きものなのだと信じています。

 今日の守本尊大日如来薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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