コラム

 公開日: 2013-07-09  最終更新日: 2014-06-04

人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。旅寝かさなるほどの かそけさ ─旅の愁いと救い─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈櫻井恵武著『四国名刹』の馬頭観音〉

 大正12年、釈迢空(シャクチョウクウ)は『供養塔』という五首の連作をしました。
 その冒頭にある一首です。

「人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。旅寝かさなるほどの かそけさ」

 ついている詞書(コトバガキ…説明文)です。

「数多い馬塚の中に、ま新しい馬頭観音(バトウカンノン…冠に馬がいる観音様)の石塔婆の立ってゐるのは、あはれである。
 又殆(ホトン)ど、峠毎に、旅死にの墓がある。
 中には、業病(ゴウビョウ…快癒の難しい病気)の姿を家から隠して、死ぬまでの出た人のなどもある。」

 今からおよそ90年前、この歌が詠まれたころは、「道ゆき」つまり旅をすることには、いのちがけという面がありました。
 治安、宿、病気など、今のように旅行の安全が保証されているわけではなく、「旅寝」には当然、野宿も含まれていました。
 また、旅といえば、仕事か観光以外にほとんど考えられない私たちとは違い、快癒の困難な病気を患った人が家族から離れて文字通り「死出の旅」に出たり、何か願い事を持って四国八十八霊場など遥か遠くの聖地を目ざしたりしたのです。
 馬など大型の家畜は当時、乗り物であり、荷物を運ぶ道具でもあり、もの言わぬ彼らもまた、人間に殉じました。
 古い街道を行くと、辻辻に崩れかけ、文字が判然としなくなった供養塔や石碑などを見かけますが、それらは、道行きの安全を願うと共に、そのあたりで客死した人や動物を弔うためにつくられたものです。
 供養塔を目にした釈迢空は、黙って逝った名もない人や動物の魂と交感し、死を間近にしたおりの彼らの気持が自分の心によみがえったのでしょう。
 「かそけさ」は「幽けさ」と書き、かすかであり、ほのかであり、あるかなしか判然としない、今にも消えゆきそうな儚く淡い気配のことです。
 その「かそけさ」は佇む釈迢空の生にも伴っており、生きとし生けるもののいのち全体のかそけさとして迫ってきたのではないでしょうか。

 他の4首は以下のとおりです。

「道に死ぬる馬は、仏となりにけり。行くとどまらむ旅ならなくに」

 人に伴う馬も又、人同様に成仏が祈られました。
 馬頭観音などがその代表的な導き手です。    

「邑(ムラ)山の松の木(コ)むらに、日はあたり ひそけきかもよ。旅人の墓」

 客死した旅人が松の木の根元に葬られ、小さな墓碑が建てられているのでしょう。
 大きな松の木の横から指した陽光が、はからずも、ひっそりと目立たぬ墓碑のありかを示している光景です。
 托鉢に歩いた日々、車で通れば決して目に入らないだろう石碑の前で、幾度、手を合わせたかわかりません。

「ひそかなる心をもりて、をはりけむ。命のきはに、言うこともなく」

 釈迢空は、先亡の御霊が最後まで保ち続けた「ひそかなる心」を感じとっています。
 釈迢空もまた、特にどうこうと言い遺すこともなく逝った御霊と同じように、「ひそかなる心」を抱いてそっと逝きたいと願ったのではないでしょうか。

「ゆきつきて 道にたふるゝ生き物のかそけき墓は、草つゝみたり」

 深い草に包まれた動物の墓を見つけました。
 彼らも又、人が人生をまっとうするのと同じく、いのちの果てへ「行き着いた」のです。
「ゆきつきて 道にたふるゝ」は事実を述べているのではなく、想像しているのでもなく、そこへ行き着いた時の動物たちの思いが釈迢空の心に映って来ています。
 苦役を生き抜いた者が本来のかそけさのままに眠っている、そこは浄土なのではないでしょうか。

 確かに、詞書にあるとおり、この5首は「あはれ」な世界ですが、「かそけさ」がそのまま不思議な救いへ通じています。
 かそけさに感応する心があること自体、救いなのではないでしょうか。
 旅にでかける皆さん、このことも頭の片隅へおかれてはいかがでしょうか。

 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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