コラム

 公開日: 2013-08-03  最終更新日: 2014-06-04

なぜ、大きな声で懺悔をするのか? ─懺悔と木霊─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。








 当山では、例祭の冒頭に「お授け」を行ってから護摩祈祷へ入ります。
 それは、祈願や供養を行う前に、そうした自分の心から穢れを落とし、清浄な状態でよき願いをかけ、よき供養を行うためです。
 方法は、懺悔するなど、導師が唱えたあとから同じ言葉を述べるという単純な形になっています。
 しかし、内容は、懺悔と誓いにより、守本尊様の世界への扉が開くという千年以上も前から行われている伝統的かつ、本格的なものです。

 なぜ、お授けを行う必要があるのか?

 第一には、ご本尊様へ通じさせたい自分の心に穢れがあっては失礼だからです。
 それは、たとえば、有力者へ助力を願いにでかける〈ここ一番〉という時に、身支度を整えるのと同じです。
 汚れ、だらけた服装のままで相手の前へ出るようでは、最初から本気度が疑われ、話になりません。

 第二には、ご本尊様のご加護を必要とする目的に穢れがあってはならないからです。
 たとえば、憎い相手に不幸が訪れますように、といった悪しき願いをかけてはなりません。
 たとえば、親族がうるさいから、とにかく三回忌をやっておこう、といった不誠実な心で供養を行ってはなりません。

 第三には、ご本尊様の前へ出るのは、心を清める最高の機会だからです。
 日常生活では、どうしても〈自分が第一〉となり、我(ガ)を育ててしまいます。
 あらゆる迷妄の泉である我という勘違いによる観念をうち払うには、そうしたもののない相手と一体になるという方法がとても有力です。
 ご本尊様へ手を合わせる時こそ、方法を実践するチャンスであり、清めるイメージ、清められたイメージを持ちたいものです。

 お授けは、どう、行われるか?

 まず、懺悔から始まります。
「我昔所造諸悪業(ガシャクショゾウ ショアクゴウ)
 皆由無始貪瞋痴(カイユムシ トンジンチ)
 従身口意之所生(ジュウシンクイ シイショショウ)
 一切我今皆懴悔(イッサイガコン カイサンゲ)」
 内容は以下のとおりです。
「無始よりこのかた貪瞋癡(トンジンチ)の煩悩(ボンノウ)にまつわれて
 身と口と意(ココロ)とに造るところのもろもろのつみとがを
 みなことごとく懺悔(サンゲ)し奉(タテマツ)る」

 当山で「我昔所造(ガシャクショゾウ)」を始めて耳にされた方は、きっと、度肝を抜かれる思いになられることでしょう。
 導師が、いきなり、あまりにも大きな声で唱えるからです。
 
 なぜ、大きな声でやるのか?
 それは、そうしないと、罪科(ツミトガ)を自分の心身から出せないからです。

 今、導師を務めている私は、もちろん、最初から「お授け」のリーダーだったわけではありません。
 導師のあとをついて唱えつつ、お授けを受け、導かれ、救われていました。
 やがて、縁あって出家し、修行の結果、導師の資格をいただき、一山を開基してリーダーとなりました。
 始めた頃は、作法どおり行うのが精いっぱいでした。
「こんな自分に勤まるのか?」という問いへ師は答えられました。
「お前の誠心で救われる範囲の相手が来るから大丈夫」
 だんだんにご本尊様との一体感が増し、修法は格段に進みました。

 さて、膨大な修法の中で、お授けは特殊な位置づけになっています。
 ご祈祷であれ、ご供養であれ、ご加持であれ、導師は、ご本尊様そのものになり果てて役割を勤めますが、お授けの時だけは、自分の中に〈皆さんと共通のものを認めつつ、ご本尊様へ向かう〉という面があります。
 つまり、「我昔所造(ガシャクショゾウ)」「諸悪業ショアクゴウ)」を唱える時は、皆さんの心から懺悔の気持を引き出す呼び水としての形をとっているだけでなく、導師そのものが、「自分が無限の過去から積み重ねてきたすべての悪業」を心身の全てから絞り出しているのです。
 一方で、導師の言葉はご本尊様のお腹のあたりからご本尊様のお心へ届き、ご本尊様は、ご本尊様の口からご本尊様の言葉として還してくださるという修法があります。

 法に入った導師が自分自身の罪科を必死になってご本尊様へ懺悔することにより、それに感応した参会者の方々もまた、同じく真剣に懺悔する心になられます。
 そのためには、何としても、導師自身の言葉がご本尊様へ届いていなければなりません。
 導師の観想によって巨大なお姿となられたご本尊様へ、確実に言葉をお届けするには、全身全霊でまことの言葉を腹の底から絞り出し、そこへいのちのすべてをかけねばなりません。
 ご本尊様から還ってくる言葉については、時間をかけて聞き分け、時間をかけて結果を観るしかありません。
 この修法をくり返すうちに、声がだんだん大きくなり、今に至ったのです。

 山で「やっほう」と叫ぶと、嬉しい木霊(コダマ)が返ってきます。
 木の霊とはすばらしい言葉です。
 当山の例祭で、導師について心から懺悔すれば、やがて、ご本尊様の世界から何か嬉しいものが返ってきます。
 声の大きさはそれぞれで結構ですが、ぜひ、心の底からの懺悔をしていただきたいと願っています。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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