コラム

 公開日: 2013-08-06  最終更新日: 2014-06-04

仲間として成長し、仲間を超える道 ─道徳・宗教・超宗教─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 〈ガラスの向こうにいる蛾。堂内へ入りたいのか入りたくないのか〉

 当山では、決して〈説き伏せる〉などという大それたことは行いません。
 修行途中の一介の行者が、それぞれの人生を懸命に歩んでいる方の腕を強引に引っ張れるはずがありません。
 また、当山は、決して〈どちらが正しいか〉を争いません。
 およそ論理は、前提の立て方や言葉の用い方などによっていかような結論へも達し得ます。
 その代表的なものとして、おそらくはいかなる宗教も共通して掲げる「不殺生」一つをとってみても、その正しさを論理的に証明しようとすれば容易ではありません。
 なぜ、恋愛のもつれからの殺人は死刑になり、戦場での大量殺人は英雄の称号に結びつくのか?

 最近、東大大学院工学系研究科(医学系担当)の鄭雄一(テイ ユウイチ)教授は、「東大系教授が考える道徳のメカニズム」において興味深いことを書きました。

「普通『人』は人間一般を指す、と誰もが思います。
 その通りに解釈すると『人間一般を殺してはいけない』となりますが、この決まりは、今まで少しも守られず、守る努力もされなかった矛盾に満ちた規律ということになります。
 でも、戦争の例からわかるように、この場合の『人』には、敵の人間は含まれていないのです。
 すなわち、『人』が意味するのは、字面とは違って『仲間の人間』だけなのです。」

 教授は、〈仲間〉が〈仲間〉を殺す形になる死刑の成立理由も述べました。
 死刑囚は、「社会の大きな敵であり、しかも、今後も仲間になれる可能性の少ない人間である」とみなされた存在なのです。
 チャプリンの有名なセリフ「一人殺せば悪人で、百人ころせば英雄」については、こう指摘します。

「正しくは『仲間を殺せば悪人で、敵を殺せば英雄』と言うべきなのです。」

 教授が発した子供たちへのメッセージです。

「社会を成り立たせている最も重要な決まりである道徳は、『仲間らしくしなさい』と君たちへ教えているよ。
 この掟は、二つの決まりからできていて、第一の決まり、『仲間に気概を加えない』は、必ず守らねばならない決まりだよ。」
「第二の決まり、『仲間と同じに考え、行動する』には、異なる社会によってさまざまなバリエーションがあるので、柔軟に対応し、決して、自分の社会の考え方や行動の仕方を押しつけてはいけないよ。
 いじめや差別が起きるのは、これがうまくできていない場合だよ。」
「どんなに、バーチャルな出会いが増えて、社会が大きくなっても、世界で一番大事な仲間は、君たちが直接出会って、顔を見知っている家族や親友や先生なんだよ。
 どんなに地味で、規模が小さくても、それが君たちの人生の核なんだ。
 このことも絶対に忘れてはいけないよ。
 バーチャルな出会いでつくる仲間は、空間や時間を超えることができるし、とても大きくて、派手で、力を持っているけれど、決して鵜呑みにしたり、溺れてはいけないよ。
 いつも、自分が直接知っている現実と照らし合わせ、違っている場合は、バーチャルな方を修正しなさい。」

 教授が仲間という概念をもって道徳が適用される範囲を考えたのは新鮮な視点です。
 ここには宗教と道徳の根本的な問題が潜んでもいます。
 教授も紹介しているとおり、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の経典となっている旧約聖書には征服の物語があります。

「旧約聖書のヨシュア記には、ヨシュアが神の命令に従い、イスラエルの民を率いて、他部族を攻撃し、多くの場合は女子供も含めて皆殺しにしていった様子が記載されています。」

 つまり、最初から、信じる者は救われる仲間であり、信じない者は救われず存在すべきでもないという人間一般への区別があります。
 ここから、仲間になるかならないかを厳しく問う形での布教が始まり、仲間へは手篤く救いの手を差し伸べる一方で、神の命とされる聖戦が絶え間なく行われています。
 一方、お釈迦様は、社会に差別があり、戦争があり、人間同士が傷つけ合いながら死んで行く現実への深い疑問から、人間一般が抱えている根本的な問題へ踏み込みました。
 だから、仏教には最初から、仲間とそうでない人間とを分けるという発想がありません。
 
 分けるタイプの宗教は、仲間という強靱な意識に支えられ、いつも外に敵がいるので戦闘能力が強くなります。
 分けないタイプの宗教は、仲間を固定せず、敵を想定しないので戦う意識はありません。
 宗教が仲間という道徳に関連する枠を設け、その枠が国家という単位になれば、いっそう強硬に正義を主張するようになります。
 仏教発祥の地インドで一時、仏教が滅んだのは、仲間意識の強いイスラム教やヒンズー教に対抗し得なかったという面もありそうです。

 こうした歴史を考えてみると、77才のダライ・ラマ法王が「宗教を超えて」を世に問う必要性、必然性が理解できます。

「もちろん世界の大宗教はどれしも、慈しみの心、あわれみの心、忍耐、寛容さ、赦しの大切さを強調していますし、内なる心の徳性を育むことをやってきています。
 しかし今日の世界において、宗教に立脚した倫理はすでにふさわしいものではなくなってきているのです。
 そのようなわけで、宗教を超えた倫理と精神性の道を見出すべきときがきていると私は思っているのです。」

 ダライ・ラマ法王は説かれます。

「第一の原則は、誰もが幸福を望み、苦しみから逃れたいと願っていること、また人類全体が共通して持っている人間性を認識することです。
 第二の原則は、人には生物的に、また社会的動物として相互に依存しあうという特徴があると理解することです。
 これら二つの原則に立てば、自分の幸福が他人の幸福と分かちがたい結びつきを持っていることが理解でき、そこで他人の幸せを真に考慮できるようになるのです。
 倫理的な目覚めと、内的な徳性のふさわしい基盤となってくれるのは、まさにこの二つの原則なのです。
 そして、このような徳性を養うことで、私たちは他人との結びつきを感じ取り、矮小な利己主義を乗り越えて人生の意義や目的や満足感を得られるようになるのです。」

 ここは、もはや、仏教という枠を超えかかっています。
 そもそも、お釈迦様は、人間一般が抱えている普遍的な問題への普遍的な解決法を求めた結果、真理を観て悟られました。
 お釈迦様が観て説いて遺された真理の教えをまとめたのは、後世の人々です。
 そこから仏教が形づくられましたが、お釈迦様が説かれたのは、社会制度やバラモン教や煩悩によって押し潰されている人間が〈本来の人間〉へと解放される道ではなかったでしょうか。
 現代のダライ・ラマ法王もまた、万人共通の倫理に基づく人間性の発露こそが人類にとって最も必要であり、最優先されねばならないと訴えておられます。

 私たちは、〈仲間〉としてのふるまい方を身につけつつ、一人前でまっとうな大人になります。
 そして、〈仲間〉と接し〈仲間〉でない人々とも接しながら、〈仲間〉としての決まりが通用する場面も、通用しない場面も体験し、成長します。
 もしも叶うならば、周囲の人々と確かな〈仲間〉でありつつ、心には〈超仲間〉の広い精神世界を持ちたいものです。
 そうすれば、きっと、〈仲間〉を相手にしても、〈仲間〉でない人を相手にしても、愚かしいぶつかり合いはしなくなることでしょう。
 確かな〈仲間〉の間により、あたたかさをもたらすかも知れません。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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