コラム

 公開日: 2013-08-12  最終更新日: 2014-06-04

傷ついた日本人へ(その21) ─『風立ちぬ』と『八重の桜』に観る煩悩の克服─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






〈『風立ちぬ』よりお借りして加工しました〉

 被災地を訪れたダライ・ラマ法王が高野山で行った講演の概要が『傷ついた日本人へ』という本になりました。
 皆さんと一緒に、要点を考えてみましょう。

「俗世界に生きている私たちは、どうしてもこの煩悩(ボンノウ)から逃れることができません。
 自分の目に映る像、心に湧き起こる感情を無地することができないのです。」
「人間だけでなく、この世界に生きている生物はどんな種類だろうと、何かを関知し、何かの認知をしています。
 そしてそれにとらわれざるをえない。
 つまり、生物である以上、煩悩から逃れることは非情に難しいのです。」
「私たちは生きている限り、かならず煩悩を持ってしまう。
 これを突き詰めると、
『生きていることは煩悩を持つことであり、そして煩悩を持ち続けることはずっと苦しむことである』
という結論にたどり着きます。
 仏教が
『この世に生まれてくることは苦である』
と説くのにはこういった理由があるのです。」

 私たちは、周囲に広がる現象世界とは目や耳など五つの器官で接触し、精神世界とは意識で接触し、そこで見聞きしたり想ったりする対象に対して否応なくある種の〈とらわれ〉が生じます。
 焼き鳥の匂いに誘われてのれんをくぐり、ハッとした異性をふり返り、叱られた上司の顔を思い出すと出社する足どりが重くなります。
 これらすべてが私たちを縛る煩悩です。
 縛られていること自体がままならぬ〈苦〉であり、煩悩に左右されない状態を保つことは非情に難しいのです。

 しかも、人間は、頭に浮かぶ幻を相手にして苦を膨張させています。

「誰かを憎んだり、日々に不満を持ったり、持っていないものを欲しがったり……。
 相手や現状に原因があるように思ってしまいがちですが、結局は実体のない概念にとらわれているがゆえに、こうした感情が湧きあがってくるのです。」
「全てのものが空(クウ)だと頭でわかっていても、自分で作り出した概念に過ぎないと言われても、それを断ち切ることができません。」

 私たちは、誰かを憎んだ時、憎むという状態の原因を相手にばかり求めてしまいますが、よく考えてみれば、憎しみは自分の心以外のどこにもありはしません。
 裏切った相手が悪いと一方的に思い込んでしまいがちですが、二人の間に裏切りという行為が起こった原因として、自分の甘さや、不用意な言動はなかったでしょうか?
 あるいは、許せない、殺してやりたい、あいつには殺されても仕方がない理由がある、などと思い込んだりもしますが、さて、自分をふり返ってみた時、自分も、どこかで、誰かに、そう思われても仕方がないような心ないものの言い方をしたり、思いやりのない行動をとったりしたことはなかったでしょうか?

 私たちは、生まれたものは必ず死ぬと頭ではわかっていても、そうした本来のありようをふまえた行動をとることはなかなか容易ではありません。
 最近評判の映画『風立ちぬ』の中に、結核に罹っている新妻が、研究に没頭している夫のもとをひっそりと去りサナトリウムへ向かうシーンがあります。
 夫の前では化粧した姿で通し、美しい妻という夫に遺された記憶の中で生き続けようと、死の場所へ旅立つのです。
 NHKの大河ドラマ『八重の桜』の中にも、戦乱の京都で若い娘に世話される身となった夫の元へ向かわず、「女には女の意地がある」とつぶやく会津の妻がでてきます。
 きっと枢要な役割を果たしているに違いない夫を巡り、若い娘と〈女〉を争うのでなく、夫の記憶の中で美しい妻のままで生き、夫の支えとなり続けることが妻としての役割であると達観するのです。
 二つとも、変化し流れて行く〈関係性〉にあって、最も価値あるものを遺しつつ滅びを受け入れる潔さこそが人間にのみ与えられた徳であることを教えて余りあるシーンと言えるのではないでしょうか。

 好きな人と一緒にいたいという自分の〈得〉を求めて行動するのではなく、空(クウ)をふまえた人間の〈徳〉に生きる時、私たちが煩悩の束縛から脱することができることを、凛とした日本の女性たちが示してくれました。

 映画『風立ちぬ』の中で語られる西條八十の『風』です。

「誰が風を 見たでしょう
 僕もあなたも 見やしない
 けれど木の葉を 顫(フル)わせて
 風は通りぬけてゆく

 誰が風を 見たでしょう
 あなたも僕も 見やしない
 けれど樹立(コダチ)が 頭をさげて
 風は通りすぎてゆく」
 
 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y




 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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