コラム

 公開日: 2013-08-20  最終更新日: 2014-06-04

哀しみを超える道 ─〈個〉の不安からお釈迦様の『四摂法』・クストーの多様性・ユングのマンダラへ─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 私たちが、ふと、わけもなく哀しみを覚える理由について、「白鳥光代氏の歌に想う哀しみの共有 ─蝉・点滴・雨─」では、人が共に暮らしてゆくよき作法から離れたことにあるのではないかと書きました。
 そもそも、〈個〉として生まれたところにこそ、哀しみの淵源があるのに、「より〈個〉でありたい」「より〈個〉の持ちものを増やしたい」という方向へあまりに突き進んだ結果として、現代人の哀しみや苦しみがあるのではないかと思うのです。

 もう一つの理由は、私たちの五感(ゴカン…視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)にあります。
 目で見て、耳で聴いて、鼻で嗅いで、舌で味わって、肌で触れて〈在る〉と感じる外界は、すべてが滅してゆきます。
 今日、触れた温かい肌が、明日はつめたくなり、明後日になれば灰になっているかも知れません。
 外界はすべて〈危うい〉のです。

 では、心はどうか?
 愛する相手のちょっとした表情や言葉に心変わりの兆しを見つけたら最後、それが解けるまで気になったりします。
 疑惑が生じると、肌を触れあっても、それまでのような深い安心感が得られなくなったりもします。
 見えぬ心は、外界より、〈危うい〉のです。

 では、自分はどうか?
 自分が居ることだけは確かな気がします。
 では、もしも、事故や病気で手が使えなくなったらどうか?
 あるいは運転できなくなったらどうか?
 あるいは食べられなくなったらどうか?
 そうなっても、今までの自分と同じ気持で生きられるか?
 私たちは誰でも、一瞬後にそうなって何の不思議もない存在なのです。
 しかも、自分で自分の心を律することは非情に困難です。
 誰かを憎み、憎む自分が嫌でも、ふとした拍子に相手を思い出し、呪詛の言葉を心でくり返したりします。
 愛するにふさわしくない相手を愛してしまえば、苦しみが増すだけなのに、苦しみが祝福されない愛をいっそう深めたりする成り行きは、昔から世界中で文学作品の題材になってきました。
 お釈迦様が一生かかって説き続けられたのは「自分を律せよ」であり、それから2500年経った今も、人はそれほど変わったようには思えません。
 このように、自分もまた、〈危うい〉のです。

 五感を道具として生きる私たちの深い意識がこの真実を捉えているので、わけもなく哀しみを覚え、不安が兆すのではないでしょうか?

 お釈迦様は、真実から逃れるのではなく、真実をきちんと観て、この世は「そうなんだ」とわかってしまい、お互いが「そうなんだ」と心から思えれば、哀しみや不安はもちろん、ままならぬという苦自体が消滅し、不動の安心感や深い喜びを感じながら生きられると説かれました。
 仏教の歴史は、こうしたお釈迦様の悟りの追体験と、悟るための方法の習熟に費やされてきました。
 その結果、今たどりついた地点にあるのが「空(クウ)」と「マンダラ」の考え方です。
 人間を含めたあらゆる現象は、因と縁によって生じ、滅してゆく、不動の実体がないものであると観るのが空(クウ)の思想です。
 そして、現象世界に生ずるものは多様であり、多様であることをそのまま認め、尊重するのがマンダラの思想です。

 マンダラの思想は、インドで花開いて中国へ伝わり、お大師様が日本でまとめられた仏教の精華です。
 フランスの海洋学者ジャック・イブ・クストーは、「まだ生まれていない子孫(un-born)とも一緒に暮らしている」という考え方を勧め、平成7年(1997年)、ついに、ユネスコで「『未来世代の権利』宣言」として採択されました。
 その年に逝去したジャック・イブ・クストーは、2年前の平成5年(1995年)、青山の国連大学で開催された「科学と文化の対話・東京シンポジウム」において印象深い講演を行いました。

「種(species)の数が多いところではエコシステム(生態系)は強い。
 しかし南極のように種の数が少ない所ではエコシステムは弱い(fragile)。
 そのことはそのまま文化に当てはまる。」

 多様なものが多様なままで輝いている世界がマンダラです。
 種の多様性を重要視する思想は、平成13年(2001年)、やはりユネスコで「文化の多様性条約」となって結実しました。
 採択にあたり、強硬に反対したのがアメリカとイスラエルだったことは忘れられません。
 スイスの精神科医・心理学者であるカール・グスタフ・ユングもまた、臨床の現場で患者が描く絵を眺め、晩年、マンダラの思想に気づきました。

 当山は、私たちが抱えている普遍的な哀しみにすなおになり、互いが根源的哀しみを抱えている存在同士であるであると認め、そこから感謝や連帯へと進んで行くためには、3つの方法があると考えています。

・お釈迦様が説かれた『四摂法(シショウボウ)』を忘れないこと

1 布施(フセ)…………施し合い、分かち合うこと
2 愛語(アイゴ)………思いやりのある言葉をかけ合うこと
3 利行(リギョウ)……他人や社会の利となる行為を行うこと
4 同事(ドウジ)………人は皆、同じ仲間であるとして平等に接すること

・『般若心経』などに、空(クウ)をきちんと学ぶこと

・この世はマンダラであると観て、多様性を認め、互いを尊重し、平等の心で絆を深めてゆくこと
 当山の『法楽農園』は、マンダラ世界を感じていただける場所として整備されつつあります。

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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