コラム

 公開日: 2013-09-01  最終更新日: 2014-06-04

第九回法楽塾 ─『ダライ・ラマ法王の仏教哲学講義』を読む(10)仏教は論理を基盤とする宗教である

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





【ダライ・ラマ法王の仏教哲学講義】       

第一章 仏教における論理的思考の重要性

 第六節  詳しい検証の必要性
 
 仏教は、迷信や狂信とはまったく無縁な道理をふまえた宗教です。
 仏教の根幹である「4つの聖なる真実」は、深く考察されています。
 確認のため、再掲しておきます。

1 苦諦(クタイ)……真の苦しみ
 輪廻(リンネ)の世界におけるわれわれの実情を、真の苦しみとして捉えたもの。   
2 集諦(ジッタイ)…苦しみの真の起源
 苦しみの生存の真の起源・原因が執着や欲望であると理解すること。
3 滅諦(メッタイ)…苦しみの真の消滅
 苦しみが真に消滅した状態についての教え。
4 道諦(ドウタイ)…苦しみの消滅への真の道
 真の消滅を実現するための修行方法の教え。

 ダライ・ラマ法王は説かれます。

「仏教では、苦しみは根源的無知(無明…ムミョウ)に根ざしていると説かれます。
 そして、その根源的無知は論理的思考によって破壊されるのです。
 論理的思考がその対象を考察するやり方に、六つの段階があります。

 まず、言葉の意味、一つ一つの語句の意味を検証しなければなりません。
 第二に、その対象が内的であるか外的であるかを通じて、その実態を考察します。
 第三に、事物の本性を、そのものの独自の性質と他のものとも共通する一般的な性質に分けて検討します。
 第四に、その事物が好ましいものであるか好ましくないものであるかを通じて、その部類を考察します。
 第五に、時間を考察します。というのも、時間の中で事物は絶えず移り変わってゆくからです。
 第六に、法則を探求します。」

 ここには、仏教がいかなる宗教であるかが明確に説かれています。
 それは、人間とこの世の真理・真実を知らない根源的な無知があらゆる苦しみの元となっているのであり、共にそこから脱して苦を克服しようというものです。
 必要なのは論理的な思考であり、論理的ならば、能力さえあれば誰でも〈それは道理である〉と納得できるはずであるからこそ、救いの道は万人へ開かれているのです。
 特定の仏様さえ信じれば救われるとか、特定の経典にだけ真理があるとか、特定の文言さえ唱えれば救われるなどという姿勢がいかに非仏教的であるか、いかに開かれていないか、仏教に対するすなおな関心を持たれる方は、よく考えてみる必要があります。

 さて、ダライ・ラマ法王は、誰でもが持っている理性や悟性で考える方法を6つに分けて説かれました。
1 考える道具である言葉そのものをきちんと特定せねばなりません。
 もしも、「青」という言葉で赤い色を連想するなら、青い海についての思考も、赤い彼岸花についての思考もメチャメチャになります。
 もしも、Aさんにとっての青がBさんにとっての赤だったなら、対話は成り立ちません。
2 原発事故によって感じる恐怖は内的であり、原発事故によって故郷を離れるという事実は外的です。
3 ネコはニャーと鳴きますが。ネコによってそれぞれ異なる声色と、ニャーと鳴くというネコ特有の特性とは分けて考えねばなりません。
4 無慈悲な言葉を浴びせていじめるという卑劣な悪事と、論理をもって討論するという互いに必要な善事とは、まったく部類が異なります。
5 いつ起こったことか、あるいは、昨日と今日とでどうなのか、などといった時間の観念抜きにしては、思考に無理が生じます。
 もしも、江戸時代の長屋における味噌や醤油の〈貸し借り〉という美風をそのまま現代にもってこようとしても無理があります。
6 客観的に成り立つ法則をつかめば、思考の正誤を判断するのに役立つだけでなく、共通認識へ到達するにも便利です。
 
 ダライ・ラマ法王は、法則の4タイプ(四種道理)を挙げられました。

「1 依存性に関する法則、すなわち結果は原因に依存する。」

 結果は必ず原因によって起こり、原因のない結果はありません。
 だから、苦が生じているならば、必ずその原因があるはずです。

「2 作用に関する法則、たとえば火はものを焼く作用をもち、水はものを湿らす作用を持つ。」

 作用すなわちはたらきが変わることはありません。
 だから、火事が起こったならば、必ず火元を調べるのです。

「3 本性に関する法則、すなわち事物はそれぞれ固有の本性をもつ。たとえば火は熱性を本性とし、水は湿潤性を本性とする。」

 埋もれ火を上手に使い、火事を起こさないためには、その本性をよく認識しておかねばなりません。

「4 正しい認識方法による妥当性の検証、すなわち直接知覚と推論とに矛盾しないこと。」

 こうだと思った時、それが心に何の引っかかりも疑いもなく、妥当であると直感できるか、そして、推論して矛盾は生じないかを判断せねばなりません。

 ダライ・ラマ法王は説かれました。

「正しい認識方法には二つのタイプしかありません。
 すなわち、直接知覚と推論です。
 さらに後者には三種類あります。
 すなわち事実に基づく推論、一般に承認されていることに拠る推論、信頼するに足る聖典に基づく推論です。」

 たとえば、肉親やペットの死によって、いのちの尊さやありがたさ、そして死の恐ろしさなどを認識する時は、否応なく〈わかってしまう〉のです。
 たとえば、人を殺してはいけないという決まりを考えると、事実をみても、一般的に承認されていることに照らし合わせても、さらに経典をひもといても、正しいと推論されます。
 もちろん、では戦争はどうなのか?という疑問も起こりますが、それは、傍証的に考えればよいのではないでしょうか。

 ダライ・ラマ法王は、さらに深い仏教論理学に言及されていますが、あまりに専門的になるので、ここでは取りあげません。
 最後に、科学の考察方について説かれた部分を読んでみましょう。

「第六番目の考察法法である論理の考察には、先に述べたように四つのタイプがありますが、西洋の科学の考察方法は、そのうち最初の三つのタイプによって行われていると言うことができるでしょう。
 まず、対象の本性が探求され、そのようにして見出された本性に基づいて、その対象が行う作用が探求され、そしてその対象が依存しているものが探求されるのです。」
 前述の四種道理のうち、三番目の本性に関する法則、二番目の作用に関する法則、一番目の依存性に関する法則を用いているのが科学の考察方なのです。
「先に挙げた論理的思考の六つの段階は、西洋の科学におけるような科学的な探求の原理も仏教における精神的な探求の原理も、合わせ持っているように思われます。
 わたしは、科学における探求性は、精神性における探求と密接に結びついていると思うのです。
 なぜならば、両者とも同じ対象に関わるものであるからです。
 前者は器具を使った実験を通じて探求し、後者は内的経験と瞑想を通じて探求する点に違いがあるだけです。
 大事なことは、科学によっては見出すことのできないものと、存在しないことが科学によって証明されたものを区別することです。
 科学によって『存在しない』と帰結されたことについては仏教徒も従わなければなりません。
 しかし、そのことと科学では確認できないものがあるということとは全く別のことなのです。」

 仏教の根幹である輪廻転生や、御霊が〈無〉になってしまわないことなどは、科学で確認できる範疇を超えています。

「世の中にはきわめて多くの神秘的な事柄があるのは明らかです。
 人間の感性には限界があります。
 しかし、わたしたちはわたしたちの五感を越えたものについて、それが存在しないと言うことはできないのです。
 わたしたちの祖先が五感によって知覚できなかったもので、現在のわたしたちが目の当たりにしているものは山ほどあります。
 それと同様に、現在わたしたちが知覚できないことでも、将来理解できるようになることがたくさんあるに違いないのです。」

 病気の原因となる細菌を確認できるようになったのは、人間の歴史からみれば、ごく最近のことでしかありません。
 暗黒物質(ダークマター)の存在もまた、これから先に知覚できる時代がくることでしょう。
 その時になれば、精神と物質の関連性についてもまた、新しい発見があるに違いありません。

「精神という別の領域に関して、人間を含めた生命あるものが何世紀にもわたって様々な経験を積み重ねたにも関わらず、わたしたちは、精神というものが本当にはどのようなものでああるか、それがどのような働きをもっているのか、その全性質を未だ知らないでいるのです。
 精神のように、形もなく、色もない事物は、外的事物を探求するような仕方では決して理解することのできないものなのです。」

 現代人は心の病気という大敵を相手にしつつあります。
 しかし、私たちの文明は進行する現象にあたふたしている段階です。
 この大敵は、物理的外的原因と精神的内的原因の複雑な絡み合いによって生じています。
 しかも、遺伝や過去世の因縁などとも無関係ではないはずです。
 なぜなら、肉体には遺伝子が伴っており、精神には因縁が伴っているからです。
 私たちの文明はまだまだこれからであるという謙虚さと希望と探求心を持ち、道理をもって考えることが何よりも大切なのではないでしょうか。

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8



 こうした内容に関心のある方はブログ(http://hourakuji.blog115.fc2.com/)の拙稿をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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