コラム

 公開日: 2013-09-28  最終更新日: 2014-06-04

公開Q&A(その8)読経の功徳って何ですか?

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 お経には、み仏の言葉が綴られています。
 たとえば、『般若心経』にある有名な句は、悟りを求めて深い瞑想に入られた観音菩薩が、ついに、智慧の権化である般若菩薩(ハンニャボサツ)の智慧をつかんだ様子が述べられたものです。
「色は空に異ならず、空は色に異ならず、色はすなわち空、空はすなわち色、受想行識(ジュ・ソウ・ギョウ・シキ)もまたかくのごとし」
 私たちがこの句を声に出して読む時、目によって見られ、声に転換された文字は、耳によって聴かれます。
 それは、み仏の言葉をなぞってみ仏の世界へ入り、み仏の言葉を聴くことによって、み仏が自分の心へ入って来ることを意味します。
 
 よく、「至心に読誦(ドクジュ)する」と言います。
 至心とは、まごころの限りを尽くしてという意味です。
 これ以上ないほど、すなおに、まっさらな気持で、すべてをかけて経典の一字一句を声に出す時、〈自分〉などはどこにもありません。
 目で読む存在、耳で聴く存在は、み仏そのものです。
 つまり、読誦する私たちは、まぎれもなく、み仏と成る体験をしているのです。

 さて、「読」は声に出して読むこと、「誦」は暗唱すること、と言われていますが、その根本的な違いはどこにあるのでしょうか?
 まず、おさえておくべきは、経典の一文字一文字がみ仏であり、経題十二文字(仏説摩訶般若波羅蜜多心経)と尾題四文字(般若心経)を合わせて278となる般若心経の文字を読むのは、278のみ仏とお会いすることに他ならないという点です。
 だから、写経においては、一つの蓮華座の上に一文字づつ書き進める場合があります。

 真言も同じですが、漢字で書かれた真言は、当て字です。
 たとえば、般若心経の最後にある「掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆訶」もそうです。
 漢字そのものに意味はなく、漢字で表されたインドの言葉にこそ、意味があります。
 そして、真言はイントネーションをつかまなければ読みにくく、つかんでしまえば、文字は視線の中を流れるようになります。
 だから、暗唱にふさわしいのは真言であり、真言を何万返も、あるいは何十万返も唱えてみ仏そのものに成り切る修行をするには暗唱が欠かせません。

 気をつけねばならないのは、経典の暗唱を過大評価してしまいがちなことです。
 内容が理解され、み仏の世界へ入っていないのにソラで読むと、頭の中に「お腹がすいたな」とか「ずいぶん暑くなってきたな」などが浮かんでしまいがちです。
 これでは言葉と心がバラバラであり、しっかりした読経とは言えません。
 だから、真言を連続して唱える場合以外は、たとえ覚えてしまった経典でも、一字一句を大切に目で追いながら声に出すのが基本中の基本です。
 そうすれば、知らぬ間に、み仏の世界が開け、関心が深まり、さまざまな形で理解が深まるものです。
 もちろん、修法の中で暗唱が必要な場面はありますが、それはあくまでも特殊で専門的な分野の話です。

 最後に、功徳の考え方を確認しておきましょう。
 当山では、昨年も今年も、3月21日に「般若心経を百万巻唱えましょう」と呼びかけ、当山でも108返の読経を行い、導師は般若心経法を修法しました。
 ここで大切なのは、〈たくさん唱えたからたくさんのご利益がある〉というふうに、み仏から足し算的なご褒美がもらえると考えてはならないことです。
 ありったけの誠意を尽くして唱え、ご供養申しあげるというまごころが大切であり、大きな数そのものは象徴的な意味を持つのみなのです。
 真剣に唱え、〈み仏と成る〉体験が積み重ねることは、煩悩(ボンノウ)を薄め、無明(ムミョウ)から脱する力となります。
 そして、そうした努力と成果を御霊へ捧げ、回し向ける廻向(エコウ)こそが真の供養なのです。
 私たちがあの世からこの世を眺めている様子を想像してみましょう。
 いかに一生懸命、何が読まれ、唱えられていても、この世にいる私たちが我(ガ)を張り、角(ツノ)突き合わせていれば、安心できましょうか?
 私たちが、より、み仏へ近づくことこそが、み仏の世界へ溶け込む道を歩んでおられる御霊方にとって一番の安心なのではないでしょうか。

 読経は、み仏に成る体験です。
 自分のためであれ、誰かのためであれ、至心に、正確にやりましょう。

 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。


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