コラム

 公開日: 2013-10-07  最終更新日: 2014-06-04

私たちは目に見えぬマントをかぶせられてはいないか? ─村田奈津恵さんの通夜に想う─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 10月6日、踏切事故で男性を救い、自分は亡くなった村田奈津恵さんの通夜が行われた。
 通夜に先立ち、斎場を訪れた菅官房長官はご遺族へ感謝状などを手渡した。
 また、紅綬褒章と警察協力章の他、神奈川県知事、横浜市長、県警本部長、緑署長からの感謝状も贈られたという。
 菅官房長官はすでに、記者会見において「勇気ある行為をたたえる安倍総理大臣の感謝状と紅綬褒章を贈る」と発表していた。
 古屋国家公安委員長も、4日の記者会見において「そのときの『救助しなければいけない』という一心には胸に突き刺さるものがある。みずからの命を顧みないで他人を救助しようという崇高な行為に対して心から敬意を表したい」と述べている。
 ちなみに、紅綬褒章は「自己の危難を顧みず人命の救助に尽力したる者」へ贈られる最高位の表彰である。
 警察協力賞もまた、「1犯罪の予防、鎮圧又は捜査 2被疑者の逮捕 3人命救助 4水火災その他の災害又は変事における警戒、防護又は救護 5前四号に掲げるもののほか、警察又は警察職員に対する協力」において「特に顕著な功労があると認められる警察部外の者」へ贈られる最高位の表彰である。

 会場には立て札が立てられた。
「勝手ながら、皆様から賜りましたご厚志は
  赤い羽根共同募金に一助として寄附させて頂き、
  ご返礼に代えさせて頂きたいと存じますので、
  何卒ご了承の程お願い申しあげます」

 ご両親は、報道関係者へコメントを出しておられる。
「本日、娘 村田奈津恵の通夜にあたっては、本当にたくさんの方々にお見え頂きまして、ありがたく心より御礼を申し上げます。
 また、この度は紅綬褒章をはじめ安倍総理大臣、警察、県知事、横浜市長ほか各方面の皆様から感謝状、協力章などと、温かい励ましのお言葉とちょうだいしました。
 大変光栄なことで心より感謝致します。
 また菅官房長官には大変お忙しい中をお見え頂きありがたく御礼を申し上げます。
 通夜の席で、奈津恵に向かって 褒章や感謝状を頂いたことを伝え、たくさんの方々がお見えになったよ、お前を褒めていたよ、奈っちゃんは偉かったよと伝えました。
 毎日一緒だった娘が突然いなくなり、日ごとに実感として悲しみが込みあげて参りますが、私たちも奈津恵の行動を誇りにして、一生懸命頑張って生きていきたいと思っております。
 この場をお借りして、中山の踏切に奈津恵のためにお花を手向けに来て下さっているたくさんの方々、また温かな励ましを頂いたたくさんの皆様、地元の中山商店街の方々、また警察、JRそのほかの関係機関の皆様のご尽力を心から感謝申し上げます。」

 確かに、奈津恵さんの行動は言葉にするのも憚(ハバカ)られるほど尊く、報道に接した多くの方々が自分自身を省みさせられたり、あるいは、人間というものへの幻滅を和らげさせられたり、希望を抱かせられたりもしたことだろう。
 そして、人々がそれをすなおに讃える心も青空のように曇りなく澄んでおり、讃える人にとっては、ある種の救いにすらなっている。
 だから、もしも1億3千万の国民が全員、讃えたとしても何ら、異議も異論も違和感もない。
 しかし、国家社会が公的に強くかかわり、報道が過熱し、善行に対する個々人の感動が社会的事象となって私たち一人一人へ有無を言わさぬ〈善〉のマントをかぶせかけてくると、いささか胡散臭さを感じてしまう。

 そもそも、奈津恵さんの行動は、まったく個人的なものだった。
 止める父親を振り切ってまで、見捨てられないという思い一つで、危険に身を投じた。
 たまたま、その結果として訪れた死もまた、個人的なものである。
 もちろん、広い意味においては、いかなる人の死も、全く個人的ではあり得ない。
 社会のおかげで生きた一人の人間の人生に社会的区切をつけるためのご葬儀の意義と役割も大きい。
 それでもなお、奈津恵さんが見ず知らずの一人の人間といのちをかけて接したことと、その結果としての死に対しては、極力、個人的なものとして、静かに手を合わせるだけにしておきたいと思う。
 なぜなら、奈津恵さんの行動や魂と私たちの心は、あくまでも一対一の内的関係においてこそ、純粋な接触が可能だからである。
 内的関係へ社会が「これは称賛すべき善行です」という判断をさしはさんでくる余地はなく、そうしたものは明らかに異物である。

 異物は反対の形でも発生する。
 悪行が明らかになった者へ、あたかも、水に落ちたイヌへ石を投げつけるがごとく執拗な攻撃を加えるケースが目に余る。
 私たちの犯罪に対する憎悪の炎を、犯罪者とその周辺へ向かってこれでもかと煽り立てる。
 悪行は法によって罰せられ、その報道に接した私たちは我が身をふり返って同様の行動へ走らぬよう慎み、同様の行動によって被害者にならぬよう気をつければよい。
 それにもかかわらず、一つの事件がくり返し報道され、家族や関係者までが有形無形の攻撃を受け、あげくの果ては刑を終えてまでプライバシーについて報道されたりするのは異様である。

 社会という人間の集団が一つの生きものとして、役立つものは養分として摂り込み、害となるものは白血球が侵入した異物を退治するようにやっつけることは理解できる。
 しかし、モノの世界と心の世界は違う。
 モノの世界には善悪がないから、身体の判断に善悪はない。
 一方、心の世界では善悪の判断が伴い、善行者が忸怩(ジクジ)たる思いを抱えることも、悪行者が口にできない言い分を腹にしまい込んでいる場合もあり、一つの行為にかかわる判断は一筋縄では行かない。
 今回のできごとのように善行が周囲の人々へ悲嘆をももたらす場合があり、悪行がひっそりと快哉を叫ばれる場合すらある。
 事ほど左様に心のはたらきは精妙であり、私たちは神のごとく何かへ真っ白な○をつけられはしないし、真っ黒な●もつけられるものではない。
 その難しさと厳しさの中で、良心に恥じない善悪の判断をし続ける誠実な姿勢をとるしかないという謙虚さと根気強さが必要なのではなかろうか。

 だから、社会がこぞって何かを持ち上げ、こぞって何かを叩く社会場合は、割り引いて受け止めたい。
 最も恐ろしいのは、熱狂に浮かされて胆略的思考に走る習慣がつくことである。
 先に、「私たち一人一人へ有無を言わさぬ〈善〉のマントをかぶせかけてくる」と書いたが、私たちは往々にして、マントに気づかぬまま、くるまれてしまっている場合がある。
 マントと自分の判断との区別がつかない。
 ここに、神のごとく、〈真っ白〉と上げ奉ったり、〈真っ黒〉と無慈悲に潰したりする粗雑さが生じ、無意識のうちに傲慢さも生じてしまう。
 そこでは胆略的思考に陥っている。

 テレビを見てどっと感涙が流れたり、怒髪(ドハツ)天を突くのは善人の証拠だし、日本人の道義心や公共心は他国に比べて優れていると評されることは誇りである。
 しかし、〈マント〉を察知する感覚をあまり鈍感にしないでおいた方がよいのではないかと思う。
 だから、当山は「現代の偉人伝」(http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3913.html)に村田奈津恵さんをとりあげたが、そこでは、奈津恵さんに導かれた住職の個人的思いしか綴られてはいない。
 私たちはあくまでも、〈マント〉に関係なく、一対一で奈津恵さんの魂と向き合い、手を合わせたい。

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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