コラム

 公開日: 2013-10-14  最終更新日: 2014-06-04

寺子屋の教え『実語教・童子教』を考える(その62)─いい親だから親なのではない─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 江戸時代まで寺子屋などで用いられていた『実語教・童子教』を読んでいます。

「父の恩は山より高し
 須弥山(シュミセン)尚(ナオ)下(ヒク)し  
 母の徳は海よりも深く
 滄溟(ソウメイ)の海還(カエ)つて浅し」

 少なくとも団塊の世代までは、「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深いという」という考え方を知らない人はいなかったはずです。
 たとえ、須弥山や滄溟の海を知らなくても。

 ちなみに、須弥山とは、古代インドの世界観に登場する世界の中心にある山です。
 中腹では四天王(シテンノウ)が守り、頂上には帝釈天(タイシャクテン)がおられます。
 お大師様は高野山を巨大な蓮華の花と観じ、中央に伽藍(ガラン)を配置して聖地を整えられました。
 チベットではカイラス山を須弥山、周囲の山々を諸菩薩(ボサツ)に見立て、聖地での祈りを深めてきました。
 私たちにとって須弥山とは、想像し得る限り最も高く、気高い山というイメージです。

 滄溟の滄は、深い青色で、溟はものの見分けがつかないような暗さです。
 だから、滄溟の海とはどこまでも青く、果てしなく深い大海のことです。

 はてしなく高い父親の恩、はてしなく深い母親の恩とはいかなるものでしょうか?
 本居宣長(モトオリノリナガ)は、『古事記伝』において、「世の識者」を批判しています。
 今のものの考え方や、自分の理屈という色眼鏡を通して古事記を読み、そこから都合良く寓意や教訓などを読み取ろうとするので、「神代の妙理(タエナルコトワリ)の御所為(ミシワザ)」がわからないというのです。
 そうではなく、ただ、無心に古事記を読み、神々の御所為(ミシワザ)が〈現在〉としてたった今、顕れていることを感得してこそ、古事記を読んだことになるというのです。
 春夏秋冬の移り変わりも、人々の身の上に起こる吉事も凶事も皆、古事記に示されたことごとが連綿として今につながっているところを観なければなりません。
 私たちは、父親と母親をもこのように観たいものです。

 どういうことか?

 たとえば、父親が厳しくても、怒りっぽくても、飲んだくれでも、それは、父親だけではありません。
 人は皆、あるいは男は皆、神代の時代からさまざまな性格や行動で生き、心といのちを私たちへ伝えてくださったのです。
 男の子は、そこに自分と同じものを感じるかも知れないし、違ったものを感じるかも知れません。
 しかし、大切なのは、山へ連れて行ったり、お小遣いをくれたりする父親〈だから私のお父さん〉という自分にとってどうかという視点だけでなく、そこに連綿として時間を超えてきた〈人間〉を観て、〈自分もそうなんだ〉という実感を持つことが最も大切です。

 母親に対しても同じです。

 そうすれば、自己中心的に、自分の都合から親を好きになったり、嫌ったりという短慮で親との距離を決めたりはしなくなることでしょう。
 父親がいつもたくさんお金を稼ぎ、母親がいつもたくさん料理をつくってくれるとは限りません。
 あまり稼げなくても、あまり料理をつくれなくても、父親は父親であり、母親は母親です。
 人は、男は、女は、できたりできなかったり、あるいは何かがあったりなかったりしながら、心といのちをつないできたのであり、それは、男の子にとっても、女の子にとっても、同じことなのです。

 父親がいつもむっつりしていると嫌う前に、自分を省みてみましょう。
 母親がすぐにプンプン怒ると嫌う前に、自分を省みてみましょう。
 父親や母親を映す心の鏡に、自分をも映してみましょう。
 そうすると、父親も母親も自分も、いいところもあり嫌なことろもある同じ人間だという気がしてくるはずです。
 そうすると余分なものがとれて、自分を守り、育ててくれている特別な存在としての親そのものが観えてくることでしょう。
 自分へかけてくれている厚い思いそのものがまっすぐに感じとれることでしょう。
 ああ、ありがたいと心から思えれば、ここで説く恩の高さも深さも本当に理解できるはずです。

 人はずうっと生きてきたのです。
 父親も母親も、私たちより一歩先にこの世へ現れ、その縁で私たちがいます。
 ただ、一歩先に生まれたからという理由で、後に生まれた私たちを本気になって守り育ててくれます。
 私たちがたとえ、親孝行であっても、親不孝であっても。
 ただ、ただ、ありがたいというしかありません。(親不孝を重ねた私などは特に……)
 古人は、その気持を須弥山(シュミセン)にたとえ、滄溟(ソウメイ)の海にたとえ、「早く気がつきなさいよ」と教えてくださったのではないでしょうか。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

消えた因縁 ─心の檻(オリ)から脱した話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

「みやぎシルバーネット」20周年おめでとうございます ─無私の編集長につながる方々─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ