コラム

 公開日: 2013-10-29  最終更新日: 2014-06-04

この世の楽は本当に楽なのか? ─目の前にぶらさげられた幻のニンジン─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 私たちは、衣食住で暮らしています。
 衣装、食事、住居、この三つがあって初めて、生きてゆけます。
 より快適に、安心に生きられるよう、そこにさまざまな工夫をこらし、文化の基礎がつくられます。
 現代の私たちはファッションに敏感で、特に、若い人々を集めるビルには必ず衣料品関係の店が競って軒を連ねます。
 また、グルメブームが続き、テレビでは毎日、毎日、有名人の食べ歩きが着実に視聴率を稼いでいます。
 また、住まいの建築や改修は最も高価な出費を伴うので、この面の刺激が景気浮揚策には欠かせない定番となり、消費者は、知らず知らずのうちにローンを組んでいます。

 ところで、これらは本当に楽の種なのでしょうか?
 たとえば、最新のファッションに身を包み大満足を味わっても、それはつかの間の楽しみでしかありません。
 すぐに〈次の流行〉が仕組まれ、たちまち、今の衣装は色あせてしまい、不満や恥ずかしさをもたらす邪魔ものに堕してしまいます。
 食べものもまた、真の楽の種であれば、いくら食べても満足が続くはずなのに、同じ食べものにはすぐ厭きてしまい、もしも大量に食べるならば、成人病などの原因にすらなりかねません。
 住まいも同じです。
 365日、24時間、〈より快適〉でありたいと思わせるようにあらゆるマスコミは宣伝を続け、ほとんどの庶民は生涯、あくせくはたらいてローンを払い続けます。

 そもそも、衣装は、寒さをしのぎ、文化的社会を成り立たせるための道具でした。
 それで間に合っていると思えれば、無用の欲は生まれません。
 食べものも、空腹を満たし、肉体を健全に養ってくれれば、それで充分です。
 住居も、寝床が確保され、安全・安心に寝起きできるならば、用は足ります。
 セレブを紹介する番組で目にするような巨大で豪華なベッドも、プールも必要なく、私などはそうしたシーンでは、邸宅のご主人様がお亡くなりになられた様子を想像してしまいます。
 病気に蝕まれ尽くし白い衣装を着せられたご主人様が横たわられるベッドの何と空虚で淋しいことか。
 私たちは、畳一枚あれば、寝起きし、死んでもゆけるのです。

 衣食住に関するもろもろのモノたちは、寒さをしのぎ恥ずかしくなく過ごすこと、飢えないこと、安眠が得られること、こうした社会生活を営む生きものとしての〈苦〉を減らすための道具です。
 それなのに、私たちは苦が減るありがたさを忘れ、もっと、もっとと、余分な欲求に追われるために要らざる不満を抱え、過剰なお金を稼がないではいられなくなっています。
 親の保護下にある中学生や高校生が、モノ欲しさにアルバイトに精を出し、あげくの果ては万引きや恐喝や売春に走ったりもします。
 私たちは大いなる勘違いをしているのではないでしょうか?
 苦を逃れ楽を求めているつもりでいるのに、実際は、自ら苦の種を育ているのではないでしょうか?

 こうした心のありようは、都市文明が栄えていたお釈迦様の時代も変わりなく、お釈迦様はそれを〈苦〉と説かれました。
 楽がないから苦なのではなく、ほどほどに得てせっかく苦から離れられるのに、幻の楽を求めるばかりに自ら苦を招いてしまう欲の姿を直視せよと説かれたのです。

 お釈迦様は、「苦・集・滅・道(クジュウメツドウ)」を説かれました。
1 苦がある
2 苦には原因がある
3 苦は滅せられる
4 苦を滅するには方法がある
 こうは説かれませんでした。
「原因があって苦が生じる。方法を講じれば苦は滅せられる」
 なぜか?
 それは、まず、お互いが苦を生きているという現実がありのままに観られなければ、苦の原因を探求して克服する気にはなれないからです。
 お釈迦様が身をもってお示しになられた悟りが究極の救済であると想像できなければ、苦から脱する方法を信じて実践できないからです。
 自分が自分の苦をつくっていることに気づかぬ限り、どこまで行っても自分の人生から苦はなくならず、真の楽を得られず、社会は苦の岐(チマタ)のままです。

 衣食住に発する文化を否定する必要はなく、否定しきれるものでもありません。
 大切なのは、お釈迦様の教えに学び、文化が孕む毒や危険性を感得し、自分の生き方を自分でよく考えてみることです。
 そして、いつしか〈価値〉と考えさせられ、求めさせられていたものとは次元の違う〈価値〉に気づけば、ほどほどに文化を楽しむ余裕が生まれ、穏やかな真の楽も得られることでしょう。
 しかも、それは、この世を浄土にする出発点なのかも知れません。
 それゆけどんどん、という消費社会の気配に身を任て右往左往せず、一旦、立ち止まってみようではありませんか。
 人間と社会を根本からよく観て、根本的に苦から脱するために。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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