コラム

 公開日: 2013-10-30  最終更新日: 2014-06-04

楽への勘違いから離れるには? ─思いやり・感謝・感動体験─ 

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 前回、〈目の前にぶらさげられた幻のニンジン〉について書きました。
 人間が社会内存在として生きるために不可欠な衣食住について、「さあ、もっと、もっと!」と煽り立てる消費社会の風に追いまくられると、無限に求め続けねばならなくなり、永遠に不満・不足という苦から逃れられないという運命の話です。
 また、そうしたモノたちは、真の楽をもたらしてはくれないという証拠として、より多ければ、より楽をもたらしてくれるとは限らない点を挙げました。
 以前、ある国でクーデターが起こった時、逃げ出した王妃が残した膨大な靴の映像を観て、美しく着飾った彼女の内面の卑しさに茫然とし、人間は本当に哀しいものだと思わされました。

 幻のニンジンを振り払うのは簡単です。
「これでいい」と思えれば、それだけで済む話です。
 私たちは、たった今、衣装、食事、住居にどれだけ不足しているでしょう?
 ──まっとうな社会人として生きて行く上で。

 よく考えてみれば、今、衣食住があることのありがたさに気づくはずです。
 たとえば、内戦が続くシリアの難民は、来年中に500万人に達すると報道されています。
 宮城県と福島県、それに山形県の人口がほぼ、そっくりなくなる勘定です。
 それは、パソコンの画面がクリック一つで消えてしまうようなものではありません。
 自分も家族も友人や知人も、住まいも故郷も故国も失い、着の身着のままで、たった今の空腹を満たせない不安に追われ、持病の悪化に苦しみ、子供やお年寄りを生かせない恐怖に襲われ、死に逝く同胞を送りつつ、言葉も風習も異なる異国で、あてどのない毎日をようやく生き延びているのです。
 また、中国では、ここ半世紀足らずの間に、チベットとウィグル合わせて150万人以上が殺され、土地も資源も漢民族に奪われ、かつてアメリカインディアンがほとんど滅ぼされたのと同じように、チベット人もウィグル人も、仏教とイスラム教を柱とした文化共々、根こそぎ葬り去られようとしています。
 仙台市と福島市と山形市の人口がほぼ、そっくりなくなり、生き残った人々が言葉も宗教も生活風習も異なる人々によって奪われ尽くし、恐怖政治の中で、頭の中からつくり変えられようとしている状況は、とても想像しきれません。 

 私たちが社会人らしい衣装をまとい、寒さをしのげるのは何とありがたいことでしょうか。
 今日も食事にありつけるとは、何とありがたいことでしょうか。
 今夜、落ちついて寝られる塒(ネグラ)があるとは、何とありがたいことでしょうか。
 私たちは、シリア人やチベット人やウィグル人といった方々とは異なり、いのちと社会を保てないほど真に不足しているのではなく、生活に工夫を凝らそうとし過ぎるあまり、常に不足感を生じ、自分たちで自分たちを追い立てているのではないでしょうか。
 合掌しながら世界の現状を想像し、身の回りの現実をよく眺めてみましょう。
 そうして、悲惨な状況にある人々を思いやる心になり、自分の境遇に感謝の光が満ちてくる時、〈目の前のニンジン〉はもう、どこにもありません。

 さて、求め過ぎ、あり過ぎれば苦を生むモノとちがい、心には、求め過ぎやあり過ぎによって苦を生むことなく、真の楽を深めるものがあります。
 それは、前述の合掌で芽生える思いやりと感謝です。
 誰でも理解しやすい「おたがいさま」と「おかげさま」の心です。
 誰かを思いやり、相手の感謝に対して「おたがいさまですから」と返す体験は、いくら積み重なろうと苦のかけらも生じず、善行が強いカルマとなればすぐに善い結果をもたらし、弱いカルマであっても、輪廻のどこかで必ず善い運命を創ることでしょう。
 誰かの思いやりに対して「おかげさまでした」と返す体験もまったく同じです。

 私たちは誰しも、よりよい人生を送りたいと願っています。
 それは、ネコや犬や稲や柿と同じく、生存に適した環境で生存を維持したいという姿勢に発した自然な姿です。
 精神を持つ人間は、人間たる証として、生存の維持に加えて〈価値あるもの〉の獲得を必要とします。
 そこで、五感六根を刺激するモノに意識が強く向けば、執着心が生まれ、価値あるはずの楽を求めながら、結果的には反対の苦を生んでしまいます。
 よりよい人生のイメージが、霊性の生きる世界と異なった姿になっているのです。

 合掌し、モノの刺激から離れ、自他のありようをよく考えてみることによって心の奥底から起こってくる思いやりと感謝を大切にして生きてみれば、自然に価値あることごとと触れる感動体験が得られます。
 霊性の震えや共振が起こるのです。
 人間に対しても、あるいは自然に対しても、あるいは文化に対しても。
 思いやりと感謝の心に導かれた感動体験の積み重なりこそが、よりよい人生ではないでしょうか。
 感動体験は、いくら積み重なろうと、モノ金をたくさん持ったがゆえの維持してゆく不安や、食べ過ぎたがゆえの成人病になる危険性とは無縁で、人生をますます豊かにし、周囲の人々へもよき影響を及ぼし続けることでしょう。
 
 楽を求めながら苦を招いてしまう勘違いに気づき、共に、思いやりと感謝の世界に生きたいものです。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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