コラム

 公開日: 2013-11-09  最終更新日: 2014-06-04

『菜の花と小娘』を読みましょう

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 訳あって「日本文藝童話集(上)初級用」を繙(ヒモト)きました。
 大御所菊池寛がまとめ、昭和2年に文藝春秋社より発行された少年少女向けの本ですが、志賀直哉・菊池寛・与謝野晶子といった豪華な執筆陣による薫り高い作品群であるのはもちろん、装丁といい、挿画といい、天皇皇后両陛下の天覧に浴しただけの完成度が感じられます。
 冒頭の志賀直哉作『菜の花と小娘』に若干、手を加え(当用漢字にする、現代文にする)てみました。
 親子で読み、子供が書いた感想文を親が添削し、もう一度書かせてみるなどの用い方ができそうです。
 全文を掲載しておきます。



菜(な)の花と小娘 作:志賀(しが)直哉(なおや)

 或(あ)る晴れた静かな春の日の午後でした。
 一人の小(こ)娘(むすめ)が山で枯れ枝を拾(ひろ)っていました。
 やがて、夕日が新(しん)緑(りょく)の薄い木(こ)の葉を透(す)かして赤々と見られる頃、小娘は集めた小枝を、小さい草(くさ)原(はら)に持ち出して、そこで自分の背(せ)負(お)ってきた荒い目(め)籠(かご)に詰(つ)めはじめました。
 そうして、しばらくたちました。
 すると、小娘はふと誰かに自分が呼(よ)ばれたような気がしました。
「ええ?」小娘は思わずそう言って、立ってそのへんを見回しました。
 が、そこには誰の姿も見えません。
「誰?私を呼ぶの。」小娘はもう一度大きい声でこう言ってみましたが、矢(や)張(は)り答える者(もの)はありませんでした。
 二三度(にさんど)そんな気がして、初めて気がつくと、それは雑草の中からただ一本(ひともともと)、わずかに首を出していた憐(あわ)れな小さい菜(な)の花でした。
 小娘は頭にかぶっていた手ぬぐいを取って、顔の汗を拭(ふ)き拭き近寄って行きました。



「お前、こんなところで、よくさびしくないのね。」
「さびしいわ。」と菜の花は親しげに答えました。
「そんならならなぜ来たのさ。」小娘は叱(しか)りでもするような調子で言いました。
 すると菜の花は、「ひばりの胸(むな)毛(げ)に着いてきた種が、ここでこぼれたのよ。困るわ。」と悲しげに答えました。
 そして、どうか私をお仲間の多い麓(ふもと)の村へ連れていってくださいと頼みました。
 小娘は可哀そうに思いました。
 小娘は菜の花の願いを、かなえてやろうと考えました。
 そして静(しず)かにそれを根から抜くと、自分の荷物(にもつ)を背負(せお)い、それを片手に持って、山路(やまじ)を村の方へと下(くだ)って行きました。

 清い小さな流れが、水音をたてて、その路にそうて流れていました。
「あなたの手は随分、ほてるのね。」
 しばらくすると、手の菜の花は不(ふ)意(い)にこんなことを言い出しました。
「あつい手で持たれると、首がだるくなって仕方がないわ、まっすぐにしていられなくなるわ。」
 そう言いながら、菜の花はうなだれた首を小娘の歩調(ほ ちょう)に合せ、力なく振っていました。
小娘は、ちょっと当惑(とうわく)しました。
 そして、心配そうに、「苦しいの?」と下を向いてしまった菜の花を、のぞき込んで言いました。
「そんなでもないの、いいの。心配なさらないでも。」
 菜の花は苦しいのを我(が)慢(まん)して答えました。
 小娘には図(はか)らず、いい考えが浮かびました。
「いい!いい!」と小娘は言いました。
 そうして身軽(みがる)く道端(みちばた)にしゃがむと、そのまま黙(だま)って菜の花の根を流れへ浸(ひた)してやりました。
「まあ!」
 菜の花は生き返ったような元気な声を出して小娘を見上げました。
 すると、小娘は宣告(せんこく)するように、「このまま流れて行くのよ。」と言いました。
 菜の花は不安(ふあん)そうに首を振りました。
「先に流れてしまうと恐いわ。」
「大丈夫。心配しなくてもいいの。」
 そう言いながら、早くも小娘は流れの表面(ひょうめん)で、持っていた菜の花を離してしまいました。
「恐いは、恐いわ。」と流れの水にさらわれながら、菜の花は見る見る小娘から遠くなるのを心配(しんぱい)そうに叫びました。
 が、小娘は黙(だま)って立ち上がると、両手を後へ回(まわ)し、背(せ)で跳(おど)る目籠をおさえ、駆けて来ました。

 菜の花は安心しました。そして、さも嬉(うれ)しそうに水面から小娘を見上げて、何かと話しかけるのでした。
 どこからともなく気軽(きがる)な黄蝶(きちょう)が飛んできました。
 そして、うるさく菜の花の上をついて飛んできました。
 菜の花はそれを大変嬉(うれ)しがっていました。
 しかし黄蝶は、せっかちで、移り気でした。
 そして、いつとはなしに、又、どこかへ飛んでいってしまいました。
 菜の花は小娘の鼻(はな)の頭にポツポツと玉のような汗が浮かび出しているのに気がつきました。
「今度はあなたが苦しいわ。」と菜の花は心配そうに言いました。
 が、小娘はかえって「心配しなくてもいいのよ。」と不愛想(ぶあいそう)に答えました。
 菜の花は、叱(しか)られたのかと思って、黙ってしまいました。

 間もなく小娘は菜の花の悲鳴(ひめい)に驚(おどろ)かされました。
 菜の花は流れに波打っている髪の毛のような水草に、根をからまれて、さも苦しげに首をふっていました。
「まあ、少しそうしてお休み。」
 小娘は息をはずませながら、傍(かたわ)らの石に腰をおろしました。
「こんなものに足をからまれて休むの、気(き)持(もち)が悪いわ。」
 そう言いながら、菜の花は尚(なお)しきりにいやいやをしておりました。
「それで、いいのよ。」小娘は汗ばんだ真っ赤な顔に意地悪(いじわる)な、しかし親(した)しみのある笑いを浮かべて言いました。
「いやなの。休むのはいいけど、こうしているのは気持が悪いの、どうか一寸(ちょっと)あげてちょうだい。どうか。」
「いいのよ。」小娘は笑って取り合いません。
 が、そのうち水のいきおいで菜の花の根は自然に水草から、すり抜けて行きました。
 そして、不意に、「流れるぅ!」と、大きな声を出して菜の花はまた、流されて行きました。
 小娘も急いで立ち上がると、それを追って駆け出しました。
 少しきたところで、「やっぱりあなたが苦しいわ。」と菜の花はこわごわ言いました。
「何でもないの、心配しなくてもいいの。」
 今度は小娘も優しく答えてやりました。
 そうして、菜の花に気をもませまいと、わざと菜の花より二三間(にさんげん)先を駆(か)けて行くことにしました。



 麓(ふもと)の村が見えてきました。
 小娘はふり返(かえ)らずに、「もうすぐよ。」と声をかけました。
「そう。」と、後で菜の花が言いました。
 それきりしばらく話は絶(た)えました。
 ただ流れの水音にまじって、バタバタ、バタバタ、という小娘の草履(ぞうり)で走る足音が聞こえていました。
 ポチャーンという水音(みずおと)がしました。
 と、すぐ、小娘は菜の花の死にそうな悲鳴(ひめい)を聴(き)きました。
 小娘は驚いて立ち止まりました。
 見ると菜の花は、花も葉も色がさめたようになって、「早く早く。」と延(の)びあがっています。
 小娘は急いで引き上げてやりました。
「どうしたのよ。」
 小娘はその胸に菜の花を抱くようにして、後の流れを見回しながら訊(き)きました。
「あなたの足元(あしもと)から何か飛(と)び込んだのよ。」
 菜の花はまだ動悸(どうき)が治(おさ)まらないように、言葉を切(き)りました。
「いぼ蛙(かえる)なのよ。一度もぐって、不意に私の顔の前に、浮かび上がったのよ。口の尖(とが)った意地(いじ)の悪そうな、あの河童(かっぱ)のような顔に、もう少しで、頬っぺたをドスンとぶつけるところでしたわ。」
 それを聴いて小娘は、大きな声をして笑いました。
「笑い事(ごと)じゃあ、ないわ。」と菜の花はうらめしそうに言いました。
「でも、私が思わず大きな声をしたら、今度は蛙の方でびっくりして、あわててもぐってしまいましたわ。」
 こう言って菜の花も笑いました。

 間もなく村へ着きました。
 小娘は早速(さっそく)自分の家の花畑(はなばたけ)に一緒(いっしょ)にそれを植えてやりました。
 そこは山の雑草(ざっそう)の中とはちがって土がよく肥(こ)えておりました。
 菜の花はどんどん延び育ちました。
 そうして、今は多勢(おおぜい)の仲間(なかま)と仲よく、仕合(しあわ)せに暮(く)らせる身となりました。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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