コラム

 公開日: 2013-12-08  最終更新日: 2014-06-04

苦から離れるための道具は二つ(その2) ─空の智慧に生きる─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 ダライ・ラマ法王は説かれました。

「大乗仏教や密教では、悟りの境地に達するには二つのものが必要だと考えます。
 一つは動機となる『菩提心(ボダイシン)』を持つこと。
 そしてもう一つは『空(クウ)の智慧』を持つことです。」

 前回の『菩提心』に続き、今回は『空の智慧』を考えてみましょう。

○空の智慧

「『空』をただの知識として知っているだけではいけません。
 これを自分の中で理解し、自分がそれに『同化』してこそ智慧を得たといえるのです。」

 知識として知ってから同化するまでのプロセスが「聞(モン)・思(シ)・修(シュ)」の「三慧(サンネ)」です。

1 聞慧(モンエ)

「まずは仏教の教えを知る。
 つまり『実体にとらわれれいること』『無我であること』『ものの本質は空であること』をまずはきちんと学ぶのです。」

 こんなふうに考えて、終わりにしてはいませんか?
 ──空はとらわれないこと。
 ──般若心経の色即是空(シキソクゼクウ)は、モノと心が一つであること。
 いずれも強い乱視で経典を眺めているという感じです。
 ダライ・ラマ法王の説かれる「きちんと」をよく考えてみたいものです。

2 思慧(シエ)

「この知識を自分の中で考えぬくことが『思』の段階です。
 ただ知識を得るのではなく、繰り返し繰り返し自問自答し、完全に理解し確信する必要があるのです。
 釈尊の説くことでさえ疑い確かめ、あくまで自分の知性と実感で理解することが大切です。」

 まっとうな宗教は、決して思考停止へと追い込みません。
 誰からか「あのAが言ったのだから信じなさい」と頭ごなしに言われたならば、思考停止を迫られるのは精神の危険と察して、早々に遠ざかる方が無難というものです。
 私たちの心身の力が、お互いにぶつかり合い傷つけ合うことなく最大限に発揮されるよう、至高の智慧と慈悲を兼ね備えた聖者が霊性そのものになって説かれたのが宗教です。
 だから、それは当然、私たちの持つ智慧と慈悲を人生のいかなる時においても、所においても、最大限に発揮させるものであり、自分で考えることを抑えたり、思いやりをかける相手を制限したりすることはあり得ません。
 ダライ・ラマ法王の説かれる「釈尊の説くことでさえ疑い確かめ」は、意外でも何でもなく、仏教においては当然と言うのみです。
 また、頭で「そうか」とわかっただけでなく、実感が伴って初めて理解に達したと言えるのです。
 お大師様は、般若心経を読み解いた『般若心経秘鍵』に書かれました。

「風葉(フウヨウ)に因縁を知る」

 風に吹かれながら舞い落ちる木の葉を観て、ものごとはすべて因と縁による結果として生じているという道理が深く納得できるようになります。

「露花(ロカ)に種子(シュシ)を除く」

 朝陽を浴びた露が消え、盛りを過ぎた花が枯れ萎むのを観て、心に巣くっていた煩悩の種が離れてゆきます。
 このように、見聞きするものがすべて空の真実を告げていることを感得できるようになるまで、理解を深めたいものです。

3 修慧(シュエ)

「こうして確信を得たら、瞑想によってそれを自分自身になじませ同化する。」
「少しづつ長い時間をかけて『空の智慧』が本当になじんだとき、ついにとらわれから自由になり、実体なきものに動揺することはなくなり、心は常に穏やかでいられるでしょう。」
「この修行で必要なのは、穏やかで静かな心と深い洞察力です。」

 瞑想においてはまず、どこへ心を定めるかが決まっていなければなりません。
 そうして初めて、心を静める「止(シ)」と洞察力である「観(カン)」が深まり、空の智慧が文字どおり血肉となってゆきます。

「知識のないまま瞑想をしても意味はなく、悟りに近づくことすらできません。
 きちんとした勉強と瞑想が合わさって初めて価値があるのです。」

 中年で無一文になってから仏道へ入った私は、凝縮した時間の中で「聞」と「思」を進め、「修」は、ありとあらゆるところで行いながらここまで来ました。
 運転して目的地へ着き、3分の余裕があれば、それは貴重な「修」の時間です。
 風呂へ入り、息を鎮める3分間も同じです。
 こうした体験から、僧侶を目指す若い方々へは、早く決断し、余裕をもって「聞」と「思」に励み、しっかりと「修」を積み上げて行って欲しいと願っています。
 ご年配の方々へは、「暇になったから寺にでも入る」は危険ですよと申しあげています。
 寺に入って座れば悟れるわけではありません。
 最も肝腎なのは、きちんとした「聞」と継続する「思」であり、それは必ず生きる方向の修正をもたらします。
 その上で、プロとしてさらに他人様のために役立ちたいという思いが深まり、どうしても「修」の完成を目指したいというのなら寺へ入る選択肢にも意味があります。

 上記のとおり、三慧はすべての人々へ開かれています。
 寺院の中でだけ実践できるものではなく、志さえあればいつでも、どこでもできる修行です。
 生前戒名を受けるのは、生き直しをし、はっきりと三慧の道へ進む有力な方法です。
 仏法の根幹である「空の智慧」がより多くの方々と共有できるよう、この世の苦しみや争いがその根から取り除かれるよう、願ってやみません。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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