コラム

 公開日: 2013-12-15  最終更新日: 2014-06-04

神のごとき科学者はいるのだろうか? ─寺子屋でお聴きした富岡町における原発事故の被害と現状─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





  あいにくの雪模様となり、ご参加された方は少人数でしたが、お話はとても意義深いものでした。
 冒頭に、写真家山本剛士氏の作品『黙殺黙止~福島の消えた歳月~』から4枚の写真を掲げ、「知る」ため、「忘れない」ためにこの会を催す旨を申しあげました。
 まず、富岡町社会福祉協議会内に設けられた『富岡町生活復興支援 おだがいさまセンター』のアドバイザー青木淑子先生より、平成23年3月11日から今日までに起こった事実についてのご説明がありました。
 ひき続き、3人の語り部さんから、身につまされる体験談をお聴かせいただきました。

○青木淑子先生のお話

「参加された皆さんの後にはそれぞれ、10人の人々がおられるはずです。
 これから耳にされるお話をぜひ、10人の人々へお話ししてください。
 12日に突然、全町避難の指示が出された時点では、どなたもが、すぐに帰れるだろうと考え、ほとんど着の身着のままで車に飛び乗り、川内村をめざしました。
 それっきり避難生活に入ったというのが実情です。
 まず向かった人口2500人の川内村で富岡町の住民1万5千人を受け容れられるわけもなく、多くの住民はそのままあちこちへ散らばることになりました。
 避難者でふるまわれた温かいご飯や味噌汁のありがたさは生涯忘れられず「川内村へ足を向けては寝られない」人々もおられます。
 しかし、放射能のため、川内村へは4日間にわたり外部から何の支援もなく、やがて川内村も全町避難となりました。
 そうした中で、郡山市のビッグパレットへ避難した被災者がボランティア支援センターを設立しました。
 いち早く女性専用のコーナーができたのは、阪神淡路や中越の大震災で苦労した方々からの後押しがあったからでした。
 センター内でだけ受信できる臨時FM放送も立ち上げられ、希望がわき、自治が始まりました。
 被災者の消息がわかるように電話帳を作りましたが、掲載を希望したのは2000世帯のみです。
 現在、9坪の仮設住宅に暮らしておられる方々がたくさんおられ、帰宅困難区域の家へは、町へ届け出た上で一ヶ月に一日しか帰れません。
 帰るといっても、家は雑草やネズミなどにやられ、田畑は雑草や柳の木などで埋まり、悲惨です。
 支援センターは、これからも皆さんと一緒に前を見て行く組織でありたいとおもいます。
 私自身は富岡町民ではなく、郡山市の住民ですが、被災者の方々が生きがいや希望を見つけられるよう、明日へつながる仕事をしたいと願っています。

○〈語り部〉伊藤ひでさんのお話

「冒頭の写真のように、人がいない町になると、ネズミがどんどんはびこり、信じられないほど大きくなって家を占領するものです。
 私は、津波の高さが7メートルとか、10メートルとかと放送されても、ピンと来ませんでした。
 地震は凄かったですが、家は高台にあったので、その晩はわが家で眠れました・
 翌朝7時、室内退避と言われ、すぐに川内村への避難となってマイクロバスに乗りましたが、そのまま田村市へ向かうことになり、そこの体育館で温かなご飯と味噌汁をいただき、感激しました。
 原発事故に備えた訓練は毎年、行われましたが、せいぜい2キロほど移動するだけで、何の役にも立たないものでした。
 だから、この事故が起こっても、町民はすべて、すぐ帰れると思っていたはずです。
 避難先としてお世話になった『ビッグパレット』さんでは、三食、お弁当がでました。
 しかし、温かくないお弁当を求めて毎回列に並んでいる時は、とても惨めな気持で今も忘れられません。
 仮設住宅はくじ引きなので早々に諦め、アパートを探しました。
 何もかも、皆さんのお世話になり、今は、心からありがたいと思っています。」

○〈語り部〉遠藤友子さんのお話

「専業農家でコシヒカリを作り、黒毛和牛を育てていました。
 最初は川内村から25キロ通って、一日一回は牛の世話をしました。
 次に行った郡山市の『ビッグパレット』さんでは、外出から帰るたびにスクリーニングをしないと入れないので、混雑が大変でした。
 コンクリートの上へ毛布を敷いて寝置きで、自衛隊さんがお風呂をやってくれてのは本当にありがたく感じました。
 自宅は郡山から90キロ離れており、放射能でなかなか見に行けず、毎日、牛がどうしているかと気がかりでした。
 しばらくして、様子を見てきた夫から二匹死んでいると聞かされ、夜明けの郡山市を走り抜け、帰宅しました。
 牛は立ったまま死んでおり、仔牛がそばにいました。
 埋めるために大型重機で穴を掘り、四足を縛って釣りながら運んだ時に、ぶらんぶらんと揺れた牛の姿は忘れられません。
 次に行った時、4カ月間必ず母牛の乳で育つ仔牛が生きていたのは、信じられませんでした。
 牛は絶対に自分の子供以外へ乳を与えず、うっかり近づくと、蹴ったり突いたりして遠ざけるからです。
 仔牛はどれだけのことに耐えて乳をもらったのか考えると、不憫でんりませんでした。
 今の富岡町では、野生化した牛たちが集団で暮らしています。
 わが家の牛たちはすべて殺処分となりました。
 あの仔牛も、あの世で母牛と一緒に暮らしていると思っています。
 絶対安全なはずだった原発の事故によってこうなりました。
 次の事故ではいったい、どうなるんでしょうか。
 元気だった夫は体調を崩して8カ月の入院し、とうとう、介護を受ける身になりました。
 可愛がっていた犬も亡くなりました。
 今は、ネコと暮らしています。
 生きながらえたいのちですから、生きて行こうと思っています。」

○末永九(タダス)さんのお話

「私は80才を超えました。
 町に30年間務め、退職してからは造園会社に勤めて、変電所の維持管理に携わってきました。
 町にいた頃、避難訓練をやりましたが、実態は、経費を使わないようにするために『あれもやるな』『これもやるな』とブレーキがかかり、結果的に何の役にも立たないものになっていました。
 それは、誰もが原発は安全だと思っていたからです。
 町として行う原発の業務の確認作業は、県の職員と一緒に、運び込まれた燃料棒を数えるなどといった範囲でしかありませんでした。
 今、四号機のところに残っている燃料棒の処理はとても大変だろうと危惧しています。
 一時的に帰宅できようになりましたが、悪臭ただよう中をネズミの糞の除去などするしかありません。
 ある時、業者から自宅を除染するから同意書が欲しい、ついては、いわき市の説明会へ来て欲しいという連絡がありました。
 とても行けないと返事をすると、小さな冊子を送ってきました。
 そして、集落ごとに50パーセント以上の同意がないと後回しになりますよと言います。
 もしも除染が完全にできた時には、別荘のつもりで利用するしかないと考えています。
 富岡町には小中高一貫した学校があり、運動部で素晴らしい成績を挙げている生徒たちのために、支援を呼びかけています。
 自分が生まれた楢葉町の集落では40戸ほどが津波で流され、残ったのは2~3戸のみ、あとは稲荷神社と寺のみです。
 とうとう瓦礫処理の集落になってしまいました。
 もはや、これから足をはこべる所ではありません。」

○青木淑子先生のお話

「末永さんからお話のあった富岡高校では、バドミントン、ゴルフ、サッカー、いずれも日本一を競うレベルの選手達が育っています。
 彼らの快挙によって全国へ散らばった町民たちが勇気をもらいます。
 富岡高校という名は残っていても、校舎はなく、四つの校舎や他の教室や運動場で練習を続けるしかないた生徒たちが奮闘する姿には本当に勇気づけられます。
 もうすぐ3年ですが、ひたすら家に籠もるしかない方々もおられます。
 若い世代の方々が富岡という名をかざし、前を向いてくれる一方で、子育て中の若い母親のほとんどは県外へ避難してしまいました。
 宮城県には130世帯が避難してきています。
 こうしてお話を聴いていただければ、息を殺して生きている方々の生きてゆく場ができます。
 放射能に関する偏見のために、福島県民であることを隠しながら生きている方々もおられるのです。
 事実を正しく知ってもらえれば、全国へ避難した町民の方々も堂々と生きてゆけるのではないか。
 ぜひ、事実を知っていただきたいと思います。

○参加者Aさんのお話

「私はずっと除染作業に携わり、100キロ以上も運転して現場へ通っていますが、いったい、いつまで続くのか、本当に有効なのかと、絶望的な気持になることもあります。
 津波にやられた浜の方でのご供養もよく行って欲しいと願っています。」

 最後に、チベットの現実を映したDVD『チベットチベット』において、ヒマラヤを越えて亡命してくる人々のために、ネパールで設けた救援センターの所長が語る言葉をお伝えしました。
「救援していただくのはありがたいが、何よりも、多くの方々に現実を知って欲しい」
 原発事故は、たった今の現実であり、被災者の方々の苦しみも又、たった今の現実です。
 そして、日本で現代文明を享受している私たち一人一人にとって、いずれもが、私たち自身にとってたった今の問題です。
 まず、知ること、忘れないこと、関わること、そして考え、行動することによって、次のステップへと進むまっとうな生き方をし、まっとうな社会をつくって行きたいものです。
 もしも同胞を見捨て、文明の宿痾(シュクア…宿命的な病症)に目をつむり、楽しむことや儲けることに走るならば、まっとうな未来は望むべくもないと危機感を持っています。
 語り部遠藤友子さんは言いました。
「次の事故ではいったい、どうなるんでしょうか。」
 今の科学の力を用いれば、地震や津波や巨大化する一方の台風やハリケーンなど自然災害の影響も含め、〈次の事故〉は決して起こさないと言い切れる科学者は世界のどこにおられるのでしょう?
 いかなる疑問にも答え得る神のごとき科学者がおられるならば、この事故はとっくに正しい意味で収束へ向かっていたはずではなかったでしょうか?
 現在の科学力では次の原発事故を防ぎきれないのが真実ではないでしょうか?
 私たちの文明がもたらした途方もない破壊と苦に正面から向き合って考えねば、まっとうな未来はないとしか思えないのです。
 マスコミの取材もありました。
 必ずしも広く世間の耳目を集めなくなりつつあるこうした問題に関し、根気強く取材と報道を続け、大きな社会的役割をはたしていただきたいと強く願っています。
 
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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