コラム

 公開日: 2013-12-16  最終更新日: 2014-06-04

寺子屋の教え『実語教・童子教』を考える(その66)─恩と徳とに囲まれて─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 寺子屋などで江戸時代まで用いられていた『実語教・童子教』を読んでいます。

「恩を戴(イタダ)いて恩を知らざるは
 樹の鳥の枝を枯らすが如し  
 徳を蒙(コウム)つて徳を思わざるは
 野の鹿の草を損ずるが如(ゴト)し」

(せっかく恩を受けて育ち、生きているのに、恩というものを知らなければ
 樹をより所とする鳥が、止まらせてもらう枝を自分で枯らしてしまうようなものである
 せっかく徳を受けて育ち、生きているのに、徳というものを思わなければ
 野にある鹿が、食べさせてもらう草を自分で絶やしてしまうようなものである)

 私たちは、受胎した瞬間から、この世での無限の恩をいただき始めています。
 まず、受胎という肉体的な縁がなければ、意識がこの世で新たな活動をする拠点が得られません。
 意識は死んでもなくならず、どこかで、次のチャンスに備えています。

 ダライ・ラマ法王は説かれました。

「この肉体、この特定の生命に属するこの具体的な肉体にとって、死とは変化の時を告げるのみである。
 古い着物を投げ捨て、新しい着物を身にまとうように、普遍的存在が古い肉体を捨て去り、新しい肉体に宿る節目である。
 であるならば、《死》に対する人間の対応は、恐怖とはまるで異なるものとなるはずだ。
 死に臨むとき、自分の心から恐怖を取り払うことができるはずだ。
 精神的な修養を積んだ者なら、死が現実に迫れば迫るほど、心は豊かに穏やかに、それでいて喜びに満たされるものなのだ。
『時は来たり。若々しく、新鮮で、より可能性を秘めた肉体を、そして、新しい人生を己(オノ)が手にする時が来たり』
と。」

 このように、前世での死を通過して、〈新しい人生〉を生きるチャンスが生じたのです。
 受胎とは何とありがたいことでしょうか。
 そして、生まれる時も、生まれてから生きて行く上でも、無数の人々や、いのちあるものたちから受ける恩恵は、無限というしかありません。
 それを知らないままでは、せっかくの縁を次々と枯らし、自分で自分の人生を破壊するようなものです。
 恩については、以下をご参照ください。

http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3973.html(11月21日)
http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3931.html(10月17日)
http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3929.html(10月16日)
http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3931.html(10月14日)

 また、私たちは、周囲の環境に無限の徳があればこそ、まっとうな人間として生きて行けます。
 心は環境に染められ、黒い心に囲まれていればどうしても黒っぽくなり、白い心に囲まれていれば、いつの間にか白っぽくなります。
 古人は「朱に交われば赤くなる」と言いました。
 徳の高い親や先輩や指導者などに恵まれれば、いつしかその感化を受けて徳が高くなり、反対の場合はどうしても徳が伸びないものです。
 事件を起こした被告人が情状酌量を受ける際に、育った家庭環境などが勘案されるのは、そのためです。
 自分の意志だけでは抗えないほど強く悪へ向かわしめる力によってつくられた精神のありようを、すべて被告人のせいにしてしまうのは酷ではないかという共通認識が、私たちの社会にはあるのです。
 だから、私たちが罰せられるほどの悪行へ走らず、どうにか社会人として生きて行けるのは、徳を持った人々に囲まれて生きているからです。
 もしも、右に住む隣人はいつも窃盗を行い、左に住む隣人はいつも暴力を揮い、前に住む隣人はいつも生きものたちを虐待し、後に住む隣人はいつも道路へゴミを投げ捨てていたなら、私たちは落ちついた精神状態を保ちながら生活することができません。
 そして、いかなる〈功成り名遂げた人々〉も、決して自分だけの力で結果を出したわけではありません。
 周囲の徳が自分の徳を育て、自分の徳もまた周囲へ徳の輪を広げればこそ、ことは成ります。
 小関智弘著『どっこい大田の工匠たち』を読むと、世界に通用するほど卓越した個人的技術力や発想力を持つ「~師」と呼ばれる人々ですら、徳の縁によって力が生かされているという真実がよくわかります。
 こうした徳のありがたさに思いをいたすことができなければ、自分のいのちと心を養うありがたい縁を自分で絶やしてしまうのです。

 恩と徳をよく考えてみましょう。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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