コラム

 公開日: 2014-01-10  最終更新日: 2014-06-04

東日本大震災 ─東北関東大震災・被災の記(第147回)失われた言葉(その1)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈1月5日、今年も高橋香温先生の書道教室が始まりました〉



〈書き初めをしました〉

 竹内演劇研究所を主宰し演出家として活躍した故竹内敏晴氏は子供の頃、耳の聞こえが悪かった。
 青春期を過ぎるまで、生まれて間もなく起こした炎症の後遺症に苦しんだ。
 昭和63年、63歳で書いた『失われたことば』には難聴者の厳しい現実が書き連ねられている。

 昭和20年、敗戦の一ヶ月後、実家に帰って父親と同居する23歳の氏は、何もできないでいた。

「私は影みたいに歩いて、町の外れの高台の雑木林をさまよい、古い小学校の、人気のない庭に入りこみ、夕陽が富士の横に沈むのを見ていた」

 父親は、ある日、そんな氏を呼び止め、「世の中がこうだから、お前が考えこんでしまうのはわかる」などと前置きをした上で、「少し言い難そうに」注意する。

「おとうさんは気味が悪いのだ。
 お前は確かに異常だ。
 昼間は一言も口をきかない。
 帰ってきてから今まで一度も話さなかった。
 それなのに、夜、眠っている時に笑っている。
 毎晩、必ずだ。
 同じ蚊帳の中に寝てる身にもなってみろ。
 もうがまんできない」

 氏は指摘を受けてから、自分が言葉を発していなかったことに気づき、自分の笑い声が「頭の中でがあんとこだましたみたいな気がした」と言う。

 半年ほど経ち、ようやく、駅で切符を買う際に行き先をつぶやく程度にはなった。
 難聴からの回復過程にあった氏は、敗戦のショックにより、回復をやりなおさねはならなかった。

「敗戦のときにことばを失った人は、きっとたくさんあるに違いない、と私は思う。
 そしてそのほとんどは生活の必要性の中でいやおうなしに恢復していった。
 しかし、たぶん、その後三十年近く、日常生活に最小限必要な単語だけを残して、何も語らなくなったまま今日まで生き続けている人がかなりいるのではないか、と私は想像する。」

 この文章には芯から驚き、衝撃を受けた。
 加えて、そうした人々を誰一人、知らなかったことに愕然とした。
 氏の言う、「その後三十年」とは昭和50年であり、私は29歳、キャンディーズがヒットしていた時代に、そのような形で敗戦を引きずっている人と会ったためしがない。
 しかし、氏はその時期を生き抜いた後に、この文章を書いたのだから、想像には確信が伴っていたはずだ。
 ただし、語らなくなった人々の多くが、おそらくは世間から隠れるように生きておられるがゆえに、氏も「想像する」としか書けなかったのだろう。

 その時期から10数年後、私は、一軒づつ玄関を開けて訪問する托鉢を始め、家族に〈かくまわれる〉ように暮らす方々の存在を知った。
 あの、影のような方々の中に、あるいは、ほとんど無表情で、また無言で托鉢を断る方々の中に、あまり語らなくなった方々が含まれていたのかも知れない。
 この想像は、一気に肝を冷やす。
 東日本大震災や原発事故などで決定的なダメージを受けた被害者の中にも、「日常生活に最小限必要な単語だけを残して、何も語らなくなった」方々がおられるからである。
 新築したばかりの家も、すべてをかけて成長させてきた会社も流されたAさんは人と会えなくなり、唯一接触できるBさんから、お願いしていた面会を断られた。
「住職の心配はわかるし、気持はAさんにも伝えたけど、今は私が病院の送り迎えをするしかないんです。
 しばらく待ってください」
 しばらく、が、もうすぐ3年となる。
 敬虔な信徒Cさんも音信不通となり、顔を見せてくださったのは、2年以上が過ぎてからだった。
「とにかく、仮設住宅暮らしは酷いです。
 何もかも壊れてしまって、誰かと話をする元気もありません」
 そして、仲間のDさんはすっかり人が変わってしまったと教えてくださった。

 語れなくなった方々の全体像はどうなっているのだろう?
 またしても、自分が何も知らず、何もできないでいることに気づく。

 言葉を失わせた敗戦、震災、原発事故。
 できごとの重みを幾度も再確認したい。
 で、なければ、敗戦も震災も原発事故も、私たちはその真の貌(カオ)を知らぬままに、同じような体験を重ねるかも知れない。
 それは知性の怠慢であり、犠牲となられた、そして犠牲となっておられる方々への不誠実というものではなかろうか。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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