コラム

 公開日: 2014-02-12  最終更新日: 2014-06-04

真智の開発をめざして(その4) ─五智の教え・与えること─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 真に優しくあるためには、「与える」ことが欠かせません。
 私たちが苦の元である自己中心を脱するための最も単純で誰にでもすぐできる善行は、与えることであると言っても過言ではありません。
 私たちは〈持っていない〉からではなく、むしろ〈手放せない〉がゆえに苦しむものであると、早く気づきたいものです。

 よく読誦する『梵網経(ボンモウキョウ)』には、こう説かれています。

「仏道を歩もうとする者が、もの惜しみをしてはならず、誰かにもの惜しみをさせてもならない。
 もの惜しみは、悪しき結果をもたらす原因となる。
 もの惜しみは、悪しき結果をもたらす補助的原因となる。
 もの惜しみは、悪しき結果を生む。
 もの惜しみは、悪しき未来をもたらす。」

 出家直後の私は、娑婆でさんざん好き勝手をしたあげく破滅したので、今後は皆、世間様へお返ししながら生きようと思っていました。
 だから、人生相談やご祈祷など、できることならタダでやってあげようとしていました。
 もちろん家計はいつも火の車で、妻には大変な心労をかけたはずです。
 そんな状態を見抜かれたのでしょうか、師から、こう諭されました。

「お前がやっていることは、お前自身の収入のためではなく、ご本尊様の代わりとして求める人へ法を施しているのだから、来る人はご本尊様へお布施を置かれるのだ。
 自分がもらうのではない。
 そのお布施が〈無くてもよい〉と言えば、相手は、いい和尚さんだと思うかも知れない。
 しかし、それは、世間的損得勘定のレベルにおける間違った喜ばせ方である。

 お前自身が以前、当山へ出入りしてどうだったか?
 これだけやってもらったのに、これしか納めないで徳をした、と考え、喜んだか?
 むしろ、お救いくださったご本尊様へこれしかお納めできないと恥じたのではないか?
 あるいは、これだけ汗を流させていただいた、という清々しい喜びがあったのではないか?
 モノを、お金を、時間を、体力を手放すことによる罪滅ぼしを感じていたのではないか?
 これから先の人生を捧げてみ仏へお仕えしたいという出家は、その延長ではなかったのか?
 
 もちろん、お布施の強要はまかりならん。
 しかし、相手が自主的にお布施を差し出す機会をつくることは、相手が我欲を離れ、物欲を離れ、罪滅ぼしを実感するための貴いチャンスを与えることだ。
 人は、手放せないために苦しむ。
 空(クウ)を知らない執着心が諸悪の根源だ。
 そのことを忘れてはならない。

 いい和尚さんだ、と喜ばれるよりも、本当の導きができる本物の僧侶にならねばならない」

 もちろん、師はこんなに長々とは話しませんでしたが、托鉢行によって、惜しむ人と手放す人の心模様を毎日、つぶさに観察し、師の教えを深く実感させられました。
 当山は、人生相談でも、ご供養やご祈祷でも、ご葬儀でも、こちらからの請求は一切行いません。
 しかし、ご本尊様のご加護を願い信じる善男善女の尊い心がご本尊様へ納められるお布施となり、どうにか寺院の運営は成り立っています。

『梵網経(ボンモウキョウ)』はこう続きます。

「仏道を歩もうとする者は、相手が誰であれ、困った人のためには、与えられるものを与えねばならない。
 それなのに、求める相手へ憎しみや怒りを抱いて何一つ施さず、教えを求める相手へ、わずかな教えすら説かず、逆に、罵り、侮辱するならば、仏道を歩む資格はない」

 惜しまずに時間を与え、モノを与え、力の出し惜しみせず手をかけるというイメージは福祉に通じます。
 最後に、日本における福祉の祖とも言うべき光明皇后について記しておきます。
 第45代・聖武天皇のお后である光明皇后は、天平2年(730年)、奈良に「施薬院(セヤクン)」という病院と、「悲田院(ヒデンイン)」という孤児や老人のための施設を造りました。
 それは皇后が夢に聴いたみ仏の言葉がきっかけとされています。
「困っている人々のために、誰でもが無料で入れるお風呂を造り、そこで千人の身体を洗うべし」
 実行した皇后は、ついに千人目を迎えました。
 その人は酷い病気に罹っているらしい老人ですが、皇后はきちんと洗ってあげました。
 ところが老人は言います。
「私は、誰かに身体の膿(ウミ)を口で吸い取ってもらえれば治ると言われたことがあります。
 お願いできませんか」
 皇后が決然と実行したところ、老人は金色に輝くみ仏の姿を顕し、天へ昇っていきました。
 私は、福祉施設ではたらく方々と接するたびに、心で合掌し、この故事を思い出します。
 ほとんどの施設では、金色のみ仏はおられずとも、善男善女の笑顔と思いやりが輝いています。
 私たちは、まぎれもなく、光明皇后の子孫なのです。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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