コラム

 公開日: 2014-03-03 

「捨てよ」はウォーミングアップ、「求めよ」が本番 ─書道・写経教室にて─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。


 誰でも、年をとれば肉体が求める力を失い、否が応でも捨てざるを得なくなります。
 たとえ心が未だ求めていようと。
 死ねば、善業(ゼンゴウ)と悪業(アクゴウ)以外は皆、放棄です。
 否が応でも。
 まだ求め得るうちに、本来の求めるべきものと、捨てるべきものとを見分け、意欲をその道理に従うように仕向けることこそが、智慧を得る修行であり、方便を実践する修行です。

 まだ、求め得る段階にあって、つまらぬ、かりそめのものをなぜ、捨てるかと言えば、求めるべきものを求めるために邪魔だからです。
 そこで捨て切れば、清浄な意欲は塞がりが解け、はたらき出します。
 菩薩(ボサツ)の誕生です。

 高橋香温先生の書道教室で、新たな文字に取り組み始めました。
 『大日経』における「三句の法門」です。

「菩提心を(ボダイシン)を因とし
 大悲(ダイヒ)を根(コン)とし
 方便を究竟(クキョウ)とす」

1 菩提心を因とする

 悟りを求める心そのものが、すでに、私たちの真姿を示しています。
 ままならない事態に立ち至った時、私たちは、この世の不条理や、我が身の愚かさや、世界の不可知などに気づき、「いかなることか?」、「いかに生きるべきか?」といった根本的な問いを発します。
 そして、答え、すなわち真理、真実を求めずにはいられません。
 真剣になると、取り憑かれていた食欲や色欲や物欲や名誉欲や睡眠欲などは、一気に色あせ、人生の背景へと退いて行きます。
 真剣な姿こそが〈み仏の子〉たる真姿です。
 私たちが人間として真剣に生きる時、ここが出発点になります。

 ちなみに、これまで何度も書いたルソーの言葉にあるとおり、子供に気まま放題をさせれば、この出発地点に立てず、子供は不幸になります。
「あなた方は、子供を不幸にする一番確実な方法は何であるかご存じだろうか。
 それは、何でも手に入れるという習慣を子供につけることだ。」
 お釈迦様やお大師様が恵まれた環境にあってなお、人間の根源をつかむ修行の旅に出られたのは異次元の人物であったからであり、我々凡人は、辛い思いをしなければ、ひとかどの人物になれはしません。

2 大悲を根とする

 大悲の「大」はただ大きいというのではなく、無限を意味します。
 また、「悲」は、ただ悲しいのではなく、誰かの苦しみによって自分が悲しくなり、放置できない思いを意味します。
 つまり、み仏の慈悲心が大悲であり、相手を選ばぬ無限の思いやりは、誰をも見捨てられません。
 手を伸ばさずにはいられない心こそ、〈み仏の子〉たる人間の根っこです。

3 方便を究竟とす

 方便は普通、「嘘も方便」などと用いられる言葉ですが、そもそもは『大日経』に発しており、「最も相応しい手立て」を意味します。
 究竟は究極の意味です。
 だから、誰かの苦を解くために適切な手段を実行することが、人間として最高の行為となります。

4 結論

 経典は、明確に導いています。
 まず、真理、真実を求める気持が起こらねば、惰性に流された日常が続くだけであり、真に生き生きした人生となる「因」はありません。
 その「因」があれば、必ず〈み仏の子〉としての真姿が輝き出し、誰かの苦を見て見ぬ振りはできない「根」のある生き方ができるようになります。
 そうした「根」のある生き方をしていれば、必ずその場、その時、その状況における最善を尽くせるようになり、「究竟」の時間が積み重ねらます。

 いかがでしょうか?
 心身を患わせるもろもろのものを捨てるのは、ウォーミングアップです。
 捨て切って、為すべきものを見つけてこそ、真実の人生はその扉を開きます。
 煩悩(ボンノウ)を捨てれば人生修行の完成ではありません。
 好き勝手にはたらく欲を、み仏の大欲(タイヨク)へと昇華させる過程こそ、本当の人生修行です。
 そこで方便を〈求め続ける〉者が菩薩(ボサツ)です。
 観音菩薩も、地蔵菩薩も、生きとし生けるものの幸いを求め続けておられるのです。
 菩薩を目ざそうではありませんか。

 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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