コラム

 公開日: 2014-03-09  最終更新日: 2014-06-04

他人様を簡単に「切る」のはいかがなものでしょうか? ─お釈迦様は「口に斧がある」と説かれた─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈『兎野仙哉君』新バージョン2〉




〈寺子屋『法楽館』では、活発なご質問などがあり、『四苦八苦の克服』についてのお話の後半は来月に持ち越しました。〉

 他人様の欠点(と思われるもの)をより強く、より激しく、より情け容赦なく、あげつらい、罵倒(バトウ)する場面がテレビの画面に溢れています。
 それも、麗々しく着飾った妙齢の美女(に仕立てあげられている人)が、柳眉を逆立て、あるいは冷血そのものに、いぎたなく他人様の人格や人生を〈切り〉、周囲がはやし立てる。
 こうした番組もあるのは、ある意味で社会が健全である証拠でしょうが、安易で無礼なこうした番組があまりに流行りすぎるのには、少なからぬ問題がありそうに思えてなりません。
 笑いながら受け流し、あるいは視聴者が面白がりそうな範囲で怒りながら反論し、またやられてしまう〈切られ役〉は、ギャラをもらう立場なので、うまく場面に溶け込み、シャンシャンとなりますが、現実は決して画面で見たとおりにはなりません。
 そして、大きな問題は、私たちの心が、見聞きするものによってはたらきかたを変化させるという事実にあります。

 もしも、ああすれば面白いと感じた子供が、同じような場面を教室でつくり出したならば、相手は気持が痛めつけられ、目に見えない血が流れます。
 表面的にはどうあれ、怒り、怨みも抱きます。
 決して、テレビの画面のように笑って受け流すだけで終わりにはなりません。
 決して、テレビの画面のように怒りがその場で収まってしまいはしません。
 決して、罵倒した子供の人格は向上しません。
 必ず、罵倒した子供の性格に曲がりが生じ、誰かの罵倒に耐えにくい心ができてゆきます。
 必ず、罵倒された子供の心に悲しみや、悔しさや、怒りや怨みや復讐心が澱のように溜まります。

 だから、お釈迦様は、「人は生まれながらにして、口に斧を持っているようなものだ」と説かれました。
 それで自他の心を切ってしまう愚かさに早く気づき、無用の血を流さぬようにしよう、それがこの世の〈苦〉をなくす方法であると教えられたのです。
 この世の苦をまぎらすべく作られたテレビの娯楽番組が、苦を忘れさせるひとときをもたらすだけでなく、新たな苦に結びつく心を育てている危険性があります。
 いかにおいしいフグも食べ過ぎれば、知らぬ間に身体を痛めつけ、まれに、死にも至るのです。

 故葦津珍彦(アシズウズヒコ)師は、不朽の名著『武士道』において、幕末の三舟(サンシュウ)と並び称された傑物、高橋泥舟(デイシュウ)、山岡鉄舟(テッシュウ)、勝海舟(カイシュウ)に関する逸話を紹介しています。

「宮内省(クナイショウ)が、維新のさいの進退功績についての調査をした。
 関係者は、それぞれに自己宣伝の調査書を出した。
 三舟は、一同にがにがしく思っていた。

 それで泥舟はたびたび催促されても文書を提出せず、出頭を命ぜられても行かない。
 鉄舟は、明治天皇の側近にも仕えた立場だし、宮内省から命ぜられたので出頭したが、文書は出さず、いろいろただされたが『一切失念してしまった』とだけ答えた。
 帰りにただ一語『調査するなら、うそは書き残さぬがいい』と警告していった。
 海舟は『おれは詳細、明確に、ありていに書いて出した』という。
 明治の功臣連中が、いつわりの自己宣伝な調査報告をするのを、にがにがしく思っていた心は同じである。
 だがその心の表現方法はまったくちがう。

 形からいえば、泥舟が徹底拒否だから、形だけで評すれば第一と思うかもしれない。
 しかし三人は三様、それぞれに立場条件がちがう。
 鉄舟は、泥舟とは異なり、君側奉仕の立場にあったのだし、宮内省へ出頭したのが当然だ。
 海舟は、旧幕から維新へかけての政治軍事の機密に関与したことが多く機密の事情に通じている。
 明確に立言することが、かれの立場としては、真実を確かめ、虚偽を排するにもっとも有効だと信じたのだろう。

 虚偽の功名をさげすみ、真実を尚ぶということが大切なのであって、その心をどう表明するか、それは三人の立場、因縁、性格、能力などによって、その形は、異なるのが当然。
 その条件を見ないで、形だけで優劣等差を論ずるのは当たらない。
 本心本意のままに動いたとすれば、その形は異なっても、そこに優劣はない。」

 この文章は、「武士としての人間的価値は泥舟第一、鉄舟これにつぎ、海舟もっとも劣る」という世間の評判について訊かれ、答えられた一場面です。
 事程左様(コトホドサヨウ)に、他人様の人生についての判断や評価は難しいものです。

 古人は「人の振り見て我が振り直せ」と言いました。
 他人の行いを批判するのはたやすいが、そんなことに精を出すよりも、「これはよくないな」と思った問題点が自分にもありはしないかどうか、我が身をふり返ってみようというのです。
 私たちの周囲を眺めてみましょう。
 他人を責める人ことに比重をかけている人と、我が身を省みることに比重をかけている人と、どちらが〈人格者〉でしょうか?
 どちらの方と、より長く、おつきあいしたいでしょうか?
 そして、私たちの本心は、どちらのタイプになりたいのでしょうか?
 見聞きするものに毒されないよう、子供たちを毒から守るよう、気をつけたいものです。
 
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

1
<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ