コラム

 公開日: 2014-03-18  最終更新日: 2014-06-04

菩薩とお棺の涼やかさ

 今晩わ。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 昨日から今日にかけて千葉県でのご葬儀があり、ただ今、帰山しました。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 お釈迦様が娑婆を離れる直接的きっかけになった物語として「四門出遊(シモンシュツユウ)」がある。
 東の門から出て目にしたのは、老いさらばえた老人である。
 南の門から出て目にしたのは病人である。
 西の門から出て目にしたのは死人である。
 そして、ある日、北の門から出て修行者に会う。
 若き日のお釈迦様は「あれは何者か」と問い、従者は「あの者は不死の道を求めて出家し、すでに生死の迷いを離脱した立派な修行者です」と答える。
 さらに「それでは誰でしも修行すればあのようになるだろうか」との問いと「そのとおりであります」の答が交わされた。
 そして、出家が決意される。

 故宮坂宥勝師は、お釈迦様に強い憧れを抱かせた行者の様子を表現した。

「いとも涼やかな顔で端正な姿を運んでいる者」(『釈尊 ―その行動と思想』より)

 この表現は、私に鉄槌を振り下ろした。
 私は、行者であるにもかかわらず、〈涼やかな顔〉でなく、〈端正な姿〉でもないからである。
 本ものの行者が何たるかを知らされ、深く恥じ入った。

 宗教にかける聖職者はもちろん、宗教を信ずる者も、ここへ行き着かなければ、あるいはここを理想としなければきっと、どこかがおかしいはずだと強く思う。
 私はのたうち回っているから涼やかではない。
 自分自身の苦にはどうにか突き倒されなくなったつもりでいるが、他人様の苦へはいまだ、十分に対応しきれない。
 自他の苦を克服できぬ者に涼やかさはない。

 苦とは、人間につきまとう根本的な〈ままならなさ〉である。
 生まれた以上、自分いると気づいた時点でもう、生がある。
 生にあれば、男性であっても女性であっても、富裕な境遇にあっても貧窮な境遇にあっても、どうにもならない。
 生を生きているうちに必ず老いる。
 生まれた瞬間から、寿命という砂時計は一瞬たりとも休まずにいのちを減らし続け、残りの砂が少なくなると、心身の機能は著しく低下せざるを得ない。
 老いようと老いまいと、肉体は必ず病を得る。
 いかに長寿で大往生を遂げようとも、事件や事故によらない限り、死因は必ず体のどこかの不調すなわち病気にある。
 そして、生まれた以上、死は避けられない。
 要は、〈生〉も〈老〉も〈病〉も〈死〉も、ままならないという意味で〈苦〉なのである。

 故宮坂宥勝師は、苦のサンスクリット語であるドゥフカは、二つに分割された状態を意味すると説かれた。

「あらゆる無秩序の源泉となる二分法が苦なのである。
 この苦こそ釈尊が到達し得た深い宇宙的な自覚であると思われる。」

 生まれる、と、生まれない。
 老いる、と、老いない。
 病に罹る、と、病に罹らない。
 死ぬ、と、死なない。
 私たちは、それぞれの間にあって、ままならない。

 ままならずに具体的な苦しみを負い、訪れる方々と対話し、修法し、そこを緩和することはできるかも知れないが、相手がそこからすっかり脱することは極めて困難である。
 苦は望みどおりには解消せず、何らかの形で引きずられる。
 それを知り、それを観ながらもどかしい思いを持っている者にはなかなか、涼やかさが訪れない。
 観音様やお地蔵様や文殊様など菩薩方のお顔にはただ、ため息が出るだけである。

 ただし、お送りする方々のお顔にも、菩薩様を観る場合がある。
 死をもってこの世の苦から脱した方々には、まぎれもなく、ある種の涼やかさがある。
 お釈迦様にも、お大師様にも、生きながらにしてあの気配がおありになったのだろう。
 やはり、出るのはため息である。
 今日も、千葉県にあって、旅立たれる方へ引導を渡す。
 昨夜、手を合わせたお棺の中には涼やかさがあった。
 自分にはまだ、ない。
 しかし、袈裟衣をまとっている時は、恥も畏れもなく、即身成仏(ソクシンジョウブツ)している信念一つで引導の法を結ぶ。
 せめて導師をつとめる時だけは「いとも涼やかな顔で端正な姿を運んでいる者」として役割を果たしたい。

 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。ࠃ

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