コラム

 公開日: 2014-03-19  最終更新日: 2014-06-04

ベビーシッター死体遺棄事件に思う ─是非・善悪・虚実を見分けにくい時代─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 3月18日、死体遺棄事件でベビーシッターの物袋勇治(モッテユウジ)容疑者(26才)が逮捕された。
 預かった子供(2才)を窒息しさせ、死体を放置した疑いが持たれている。
 容疑者は、実名と偽名を使い分けており、以前も幼児虐待が疑われていた。

 驚くべきは、人間を預かるという社会的行為が、何の国家的資格もない人間によって、何の公的許可も必要とせずに行われていることである。
 しかし、深刻なのは、相手の人物や行動を調べ、自分の肉眼と直感によってよく確認することもなく、ネット上の情報を鵜呑みにして突然、〈深い信頼関係を前提にした〉人間関係に入ってしまうことである。

 一時的に子供を預けたいという社会的需要への供給が、たちまち、ネット上に登場する。
 憎い男を殺したい、資産家の富を奪いたいという〈需要〉に対して、殺人や強盗の請負という〈供給〉すら生じている。
 動き出した情報化社会はもう、誰にも止められない。
 ここで生き残るため、誠実に生きるためには、人間への洞察力を磨かねばならないし、常に自分を省みなければならない。
 しかし、生身の人間に接しなければ、容易に洞察力は磨かれず、他者の瞞着も自己欺瞞も、違法行為と咎められない限りは何でも許されるネットの世界に浸っていれば、自分自身の心を謙虚に省みる機会はなかなか訪れないのではないか。

 血縁、地縁、家、故郷、あらゆるものから切り離され、バラバラになった人間が〈個〉同士として結びつくには、ネットが手っ取り早く、そこには無限の可能性が広がっているように思える。
 しかし、ネットに欠落し、いかに発達しようと、なかなか獲得できないものがある。
 それは全人格をかけた魂の感応である。
 面と向かい、相手を見、言葉を聴き、発する気配を感じ、互いに存在していることによってのみ可能になる無言のやりとりを行って何かをつかむ一連の流れである。
 こうして真実が確認できる。
 血の通った人間同士の対面には、よしんば、誤解や勘違いが伴おうと、それも含んでの真実がある。

 お釈迦様が在世の時代、アーリアン族に席巻されたインドでは種族社会が崩壊し、モノや土地の個人所有と商取引が進む中で新たな都市ができ、階級制度を背景とした新たな国家ができつつあった。
 人間同士が確かにつながっていた社会は消え、国家同士が覇権を競い、戦争を続けた。
 お釈迦様がそうした時代に階級や身分や国家などを超えた〈個〉の生き方にこそ、人間としての輝きを平等に認めようとされたのは、決して現代的な個人主義によるものではない。
 無益な殺生をせず、力づくで奪わず、騙し合いをせず、助け合い、人間同士が自(オノ)ずからなる信頼の糸によって結ばれていた真の安心社会を復活させようとされたのである。
 そこに、仏教教団成立の意義がある。
 当然のことながら、王であれ、賤民であれ、男性であれ、女性であれ、在家信徒となり、あるいは出家行者となるにおいて、いかなる差別もなかった。

 ある時、お釈迦様の厳かな様子にうたれたビンビサーラ王は、礼を尽くして迎え入れ、臣下になるよう勧めた。
 お釈迦様は答えている。
「なぜ、私が出家求道するかといえば、すべての人々の生死の大苦を救いたいと思えばこそです」
 そして、莫大な財物を与えても迎え入れたいという提案を断った。
「欲望には危険が伴い、出家生活は安泰であることを認めたから、私は修行のために努力をしたい」
 約200年後、最初の統一国家をつくったアショーカ王は、敵味方合わせて10万人もの戦死者を出したカリンガの戦いを終え、仏教徒となり、仏教のインド拡大に大きな役割を果たした。

 自由を求める一方でバラバラになった私たちは、「人」の「間」にあればこその「人間」として、どこに真実のありようと真実の交流を求めるのか?
 便利な道具であるネットに支配されず、その危険性を避けつつ上手に用いるための智慧をどこに求めればよいのか?
 ちなみに、虚空蔵菩薩(コクゾウボサツ)様は是非・善悪・虚実が見分けられる是所非所智力(ゼショヒショチリキ)を持っておられる。
 自他の欲望に流されず、よく考え、判断し、行動したい。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。。

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