コラム

 公開日: 2014-03-21  最終更新日: 2014-06-04

不安に苛まれる方へ

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。


 


 このところ、不安を訴える方の人生相談やご加持(カジ)が重なったので、一般論を書いておきます。

 ふとした拍子に、わけもなく不安になる方。
 あなたは真剣に、同時に、感性を敏感にはたらかせつつ生きておられるのです。

 本当は誰でも、〈明日のいのちもわからない〉どころか、一瞬先にすら、生きているかどうかわからない存在です。
 若いうちはなかなかそうは思えませんが、年をとると、そのことが実感されます。
 何しろ、年の近い人がどんどん亡くなるし、自分自身も、あれっ、大丈夫かな?といった不安を感じる機会が増えるからです。
 肉体という道具は必ず耐用年数があり、しかも、それがいつ、尽きてもおかしくないのに、元気なうちは気づけません。

 しかし、いったんこの世へ生まれ出れば、可能性としての死が影法師のように付き従っていることはまぎれもない事実であり、多くの方々は普段、相棒を意識しないで暮らしているだけです。

 中には、若くても、相棒の存在をおりおりに意識する方がおられます。
 たとえば、故結城昌治氏はこんな俳句を詠みました。

「桃咲けば桃色に死が匂いけり」

 氏は早大を出て東京地検に勤務していたものの、結核を患い、敗戦後の食糧難、医療難となった時代を生きていました。
 多くの人々は、春が来て桃の花が咲けばどことなく気持も温かくなり、少しづつ身体も胸もゆったりとしてきますが、絶望を抱いている氏は、青空を背景とした強い桃色にすら死の匂いを嗅いでいました。

 また、柿本多映氏はこう詠みました。

「わたくしのうしろを殺す氷柱(ツララ)かな」

 後は一生、自分では見られませんが、実は、いつも無限な後を背負いながら生きているのが私たちです。
 空間的な後があってこそ、〈ここ〉があり、時間的な後としての過去があってこそ〈今〉があります。
 だからこそ、前も、未来もあります。
 私たちはそのように意識しなくとも、無意識のうちにそうした前提で歩き、考えています。
 ところが、氏は氷柱の鋭く容赦ない殺気に、自分はまだ殺されていないけれども、後はもうやられてしまっていると感じました。
 次は自分の番であり、逃れようもありません。

 私たちが死と共に歩んでいることに発する根元的不安はこのように、いつ、どこで顔を覘かせようと一向に不思議でない普通の感情です。
 目の前のことごとに夢中になっていたり、感性が鈍っていたりすると、それを忘れたり、感じる機会をつかまなかったりするだけです。
 だから、わけもなく不安になる方は、私たちのありようをいつも心のどこかで意識しているのでしょう。
 そして、自分では気づかなくても何かをきっかけとして不安が頭をもたげるのです。

 前掲の結城昌治氏は一方でこんな句も詠みつつ、いつしか桃色の死を脱してゆき、社会に警鐘を鳴らす作家となりました。

「春惜しむいのちを惜しむ酒惜しむ」

 また、柿本多映氏はこうも詠みました。

「暗がりをよろこぶ魂(タマ)や魂祭」

 魂祭とは、お盆やお正月にご先祖様の御霊を供養する供養祭や供養会のことであり、この句には、不安ではなく、御霊と気持を一つにして互いに感謝を交わし合う気持があふれています。

 不安は無理に心から追い出そうとしても仕方がありません。
 自分は真剣に、感性を鈍らせずにきちんと生きているのだと、事実を客観的に眺めてはいかがでしょうか。
 自分を観るもう一人の自分を意識するだけで、不安に丸ごと包み込まれないで済みます。
 また、守本尊様の真言を唱えられてはいかがでしょうか。
 たとえば卯年(ウドシ)生まれの方なら文殊様なので「おん あらはしゃのう」であり、酉年(トリドシ)生まれの方ならお不動様なので「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」です。
 不安が兆して来たなら、微音(ビオン…小さな声)でも真言を口にすると、胸騒ぎが静まり呼吸が長くなるものです。

 死が相棒であると思えれば、死は暴虐な死神ではなくなります。
 不安も、相棒であると思えればきっと、いのちを縮ませる毒は発しなくなることでしょう。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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