コラム

 公開日: 2014-03-28  最終更新日: 2014-06-04

罪悪感に苛まれる方へ ―罪滅ぼしへの道─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈み仏の子〉

 わけもなく、ふと、罪悪感が頭をもたげ、自分を責める気持につかまってしまう場合があります。
 そして、もはやどうしようもない過去の〈あのこと〉を、つい、いましがた起こったできごとのように思い出しては、「自分などこうして生きている資格はない」と自分を責めないではいられません。
 周囲の人々を一人一人思い浮かべては、もうしわけない気持でいっぱいになります。
 目には涙が滲み、身体から力が抜け、他のことを考えられません。

 こうした時間の落とし穴へ時折、落ち込む方は、ほとんどが誠実でおられます。
 ないがしろにできないのです。
 そうかといって、相手へ謝ることもできない。
 あるいは、誰かへ告白して懺悔することもできない。
 過去のできごとを動かせないことと、自分の罪悪感を消せないことが人生の石になり、引きずれないままに引きずっています。

 こうなった場合、まず、やってしまったことは〈悪〉、懺悔していることは〈善〉と、仏神へ謝れば過ちが帳消しになるわけではありませんが、できごとには、一つの区切をつけましょう。
 お釈迦様が「悪を覆うに善をもってすればよし」と太鼓判を押しておられるのですから。
 しかも、誰一人として、こうしたパターンを経る体験なしに暮らしている人はいないはずですから。

 次に、ああ、悪かったというたまらない感情は、吐き出しましょう。
 もちろん、「それができれば苦しまない」、「吐き出す相手がいない」のでしょうが、その気にさえなれば、自分一人でやれるのです。
 私は娑婆にいた時代、親不孝、妻への背信などなど、いろいろとやらかしました。
 極めつけは、事業の失敗による信頼への裏切りです。
 出家し、托鉢へ向かう車の中で、幾度、泣き叫ぶように大声を出したか数知れません。
 今回の津波に遭った海岸で、あるいは雪深い山村で、車を止め、誰にも知られずに泣きました。
 その果てに考えるのです。
 自分はとんでもない人間なのだが、み仏のお導きで、〈み仏の子〉そのものとしての活動が許される境遇になった以上、必ず、やれる。
 ――ここをお救いくださるからこそ、み仏ではないか。
 そして、護身法を結び、仏神のご加護を信じて車から降り、歩み始めました。
 あの、車から降りるに降りられず逡巡していた時の辛さは、一生忘れられません。
 降りられず、逃げ出していたならば、私の人生は終わっていたとしか思えません。

 本当にもうしわけなかったと思う時、必ずそこには、思い浮かべる相手がいるだけでなく、お見守りくださる仏神がおられます。
 その思いは、自分の心におわすみ仏がそう思わせてくださっているからです。
 だから、それを抑えず、自然に表現しましょう。
 私の場合は、車内や海辺などで出す大声が一つ、托鉢の途中で思い出しては歩む一歩一歩が自分の懺悔と罪滅ぼしのパターンでした。
 ご本尊様の前で合掌する膨大な時間があったのは当然です。
 やむにやまれず、亡くなられた方のお位牌の前やお墓まで出かけたこともあります。

 罪悪感に苛まれる方、ぜひ、吐き出してください。
 必ず、あなたなりの方法があるはずです。
 どうしても方法をつかめない場合は、どうぞ、み仏の前へ人生相談におでかけください。
 必ず、〈石〉は、躓かせない幻となります。

 最後にもう一つだけ、つけ加えておきます。
 あなたの周囲には、必ず、あなたの存在に感謝している人がいることを忘れないでください。
 もしも、介護される身になったり、入院したりしていても、そこには、介護や治療であなたのためになれることを生きがいとしている人々がおられます。
 あなたの感謝の言葉や、あなたの回復は、そうした人々へ生きる力を与えているのです。
 あなたが感謝される存在であることそのものが、大きな懺悔であり、罪滅ぼしになっています。
 ぜひ、感謝している人々へ感謝してください。
 郵便配達の人へも、あるいは、飼い猫にだって感謝できるではありませんか。
 密教の修法には、行者がみ仏と成って慈光を発し、その光が世界中のみ仏を照らし、世界中のみ仏も又、光を発して行者と、その修法の場を包むというものがあります。
 私たちが感謝の心を持つ時、この世は極楽になります。
 罪深いはずの自分だけでなく、誰もが、さらには生きとし生けるものがすべて、その構成員です。
 合掌してなくならない罪悪感はありません。

 こうして罪悪〈感〉に負けず、しっかり生きて、そこから実態のある罪滅ぼしをすればよいではありませんか。
 特定の相手へはできなくても、この世そのものへ罪滅ぼしをしようと考えれば、きっと大きな勇気が湧いてくることでしょう。
 とてつもなく、やりがいがありますよ!

※もう一つ、つけ加えねばなりません。
「(このことは黙って)お墓まで持って行くしかない」
 これができる人は、必ず、優しさと強さを持っています。
 なぜならば、自分で抱えることは必ず誰かに対する優しさがあればこそであり、たった一人で抱え尽くすには強さが必要だからです。
 決めたならそうしましょう。
 誰にとっても、お墓へ行くのは明日どころか、今日かも知れないのです。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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