コラム

 公開日: 2014-04-04  最終更新日: 2014-06-04

許される嘘と煩悩からの解放 ─「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」を読む(17)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。







〈年月は彼らをも丸くした〉

 平成6年、ジャーナリスト大谷幸三氏は、インドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマ法王への質問を数日間かけて行い、回答をまとめた。
 それがテキスト「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」である。

第三章 カルマの法則

1 カルマの善悪

○嘘も、善き意図に含まれることがある

「人はときとして、より大きな危険、よりひどい結果を回避するため、嘘をつくこともあれば、ある種の罠をしかけたりもする。」

「これは悪しき意図なのではないか。
 否である。」

「これもまた宗教心の観点を用いれば、よき意図、動機に含まれると考えるべきである。
 より長期的な視野から見て、より大きな社会的な意味を持つ、より大いなる理由を有する事柄を達成せんとする意図であり、動機である。」

「心底から正直な動機とは、肯定されるべき嘘を稀に交える場合もあるということだ。」

 私たちは「嘘も方便」という言葉を知っている。
 嘘も時には役立つ場合があるという言い訳めいた軽い使われ方をしているが、出典は『法華経』に説かれた「火宅の譬え」である。
 
 ある時、長者の家が火事になり、三人の子供たちが家の中にとり残された。
 もう、家へは入れないので、「早く逃げなさい!」と叫ぶが、子供たちは無心に遊んだままである。
 火事も、家も、焼死もまだ、知らないので、危機感がない。
 そこで長者は、彼らが欲しがっていた三種類の車をあげるよと声をかけたところ、三人とも喜んで飛び出してきた。
 長者は三種類の車を実際に用意していなかったが、最も高性能な車を与え、喜ばせたという。
 嘘が子供たちを助けたのである。

 もちろん、嘘をつくことはよくない。
 だから、お釈迦様は基本的な戒めの一つとして「不妄語(フモウゴ)戒」を示し、嘘をつけない人になろうと説かれた。
 なぜ、嘘をついてはいけないのか?
 誰かを事実から遠ざけて不利益をもたらし、そのことを踏み台にして自分の利をはかり、ひいては尊い仏性(ブッショウ…心中にあるみ仏の魂)に覆いをかけてしまうからである。
 では、長者の〈嘘〉はどうか?
 子供たちを〈ない車〉で誘ったのは事実に反するが、そのことによって子供たちのいのちは救われた。
 嘘をつき、戒めを破ってでも子供たちを救おうとする心に、我欲はない。
 たとえ自分が破戒という悪業を積もうとも子供たちを救おうとしたのは方便、つまり最高レベルの手立てが実践されたことを意味し、そこには仏性が輝いている。

 だから、一生涯を十善戒にかけた慈雲尊者(ジウンソンジャ)は説いた。

「真実語がただちに仏語(ブツゴ)じゃ、他に仏語はない」

 み仏の言葉とは、〈真実〉を伝える言葉であって、それ以外ではない。
 真実を観る目はそのまま、み仏の目であり、〈事実〉をすらありのままに見損なってしまい、惑う凡夫の目ではない。
 見え、聞こえる現象界は、凡夫にとって事実の展開でしかないが、智慧と慈悲をもって眺めるみ仏の目には真実の宝庫である。

 この「方便」がさらに深められ、『大日経(ダイニチキョウ)』において究極の教えとなった。

「菩提心(ボダイシン)を因となし、大悲を根(コン)となし、方便を究竟(クキョウ)となす」

 自分の無知に気づき、悟りを求めないではいられない心がすべての出発点である。
 自他の苦を抜き楽をもたらさないではいられない無限の思いやりが人間たる根本である。
 思いやりから生まれる最高の手立てを実践するところに生きる意義がある。

○煩悩からの解放とは、宗教心の実践のことだ

「では、仏教において宗教心とはいかなるものか。
 宗教心とは、利益(リヤク)、恩恵である。
 宗教心の基盤はそれしかない。
 物心両面にわたって、主に他者に対して利益を与える。
 恩恵を施す。
 これである。
 他者に恩恵を施すならば、ときに自己に対して施したからといって差し障りがあるわけではない。」

「仏典を読むとわかることだが、仏陀とは自己の悟りを達成すべく努めた人物である。
 ただし、自分自身の悟り、煩悩からの解放を求めることが、他者への恩恵になったわけである。
 それが正しいことなのだ。
 われわれにとっての悟り、煩悩からの解放とは、現代においては宗教心の実践に他ならない。」

 ダライ・ラマ法王は、〈誰かへ利益や恩恵をもたらそうとすること〉が宗教心であり、そのために自分の利になることを行おうとも、自己中心の煩悩とは違うと説かれる。
 たとえば、警察官を志望する若者が、自分の心身を鍛え高めようとするのは、社会に正義を実現したいという尊い思いのなせるわざであり、自分を目立たせたいと思ったり、他を蹴落とそうとするような我利我利亡者(ガリガリモウジャ…自分の利になることしか考えず、仏心が亡くなっている人)とは違う。
 だから、誰かのためになりたい人はすべて宗教心の実践者であり、実践は自己中心がもたらすさまざまな煩悩から解放するのである。

○他者の利益のためだけに存在する人間がいる

「ひじょうに高い精神の水準に達した個々の人間たちは、他者の利益のためだけに存在することがある。
 彼らに対して、いくつかの仏教経典は、他者の幸福の実現のために意図的に幻覚を使用する機会さえ教えている。
 もっと深く仏教の宗教心、道義心を追求すれば、より困難な方法が説かれていることがわかる。」

「仏教には十善、十悪というものがある。
 十悪とは、殺生、偸盗(チュウトウ…盗むこと)、邪淫、妄語、綺語(キゴ…うわべを飾る言葉)、両舌(リョウゼツ…二枚舌)、悪口(アック…粗暴な言葉)、貪欲(トンヨク…貪り)、瞋恚(シンニ…意義のない怒り)、邪見(ジャケン…真理真実に反する勝手な思考)である。
 仏教のある経典では、高い修養を積み、何度も正しい輪廻を繰り返してきた者にのみ、この十悪のうち、肉体と言葉にかかわる七つの悪を他者の利益のために許している。」

 お釈迦様は「ひじょうに高い精神の水準に達した」人間である。
 だから、経典には、「意図的に幻覚を使用する機会」が説かれている。
 真実を伝え、救うための説法に耳を貸さない人々を驚かすために、川の上を歩く幻の人を生じさせたり、自分の身体を金色に輝かせたりするシーンである。
 お大師様も、弘仁2年(811))1月15日、宮中において嵯峨天皇から「即身成仏(ソクシンジョウブツ…この身このままで仏に成ること)」の姿を求められ、座禅を組み大日如来の印を結び真言を唱えたところ、金色に輝く大日如来となった。
 こうした「高い修養を積み、何度も正しい輪廻を繰り返してきた者」には、誰かを救う究極的な方法がそれしかない場合は「肉体と言葉にかかわる七つの悪」が許される場合があるという。
 十善戒のうち、殺生、偸盗、邪淫、妄語、綺語、両舌、悪口の7つが「肉体と言葉にかかわる七つの悪」である。
 たとえば、一隻の船に乗り込んだ500人の商人を殺し、財宝を奪おうとした悪党が船長によって殺されたおりに、王は無罪放免とした。
 上記の長者も妄語という悪を犯したが許される。
 では、なぜ、「貪欲、瞋恚、邪見」は許されないか?
 それは、これらには善をずる可能性がないからである。
 我欲で貪り、高慢心からカッとなり、気まま勝手な考えを持てば、自他共に救われる可能性はない。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0



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