コラム

 公開日: 2014-04-10  最終更新日: 2014-06-04

苦しい時の神頼みは有効か? ─「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」を読む(19)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈岩出山の『森栖』さん〉

 平成6年、ジャーナリスト大谷幸三氏は、インドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマ法王への質問を数日間かけて行い、回答をまとめた。
 それがテキスト「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」である。

第三章 カルマの法則

2 平常心の心得

○絶望からの信仰は、正しい態度ではない

「ところが、今日、物質的に恵まれない人々に信仰心の篤い人が多く見られ、豊かな人々があまり宗教を顧みないと思われる場合が多々ある。
 そこで、信仰心、宗教的献身と物質について考えてみよう。」

「貧しい人々、しいたげられた人々が宗教に帰依するとき、純粋な信仰心からというよりも絶望から身を信仰に捧げる場合がある。
 これは正しい態度だとは言えない。」

「もし、あなたがたいへん貧しく、物質的にひじょうに窮乏しているにもかかわらず、『私は満たされている』と言うのは奇妙だろう。
 まるで何も持たずに、すべて所有していると信じるのは愚かだろう。
 あなたが今、現在、その手のうちに所有するものが不足していて、より多くのものを望む、その望むことの中に信仰の意味を見出しているなら、あなたの信仰とは、それが満たされている状態のことである。」

「あなたがまだ物質的な充足の限界を知らない、信仰の限界も、心的世界の限界も知らない。
 それこそが正しい状態だと言えるだろう。」

 ダライ・ラマ法王は、〈苦しい時の神頼み〉について説かれる。

 たとえば、病気になったのにお金がなくて医者へ行けない場合、物質的ご利益があるとされている神様へ熱心に祈る場合の状態はいかなるものか?
 宗教心があり「拝んでいるから、もう大丈夫」と考えるなら、それは錯覚であると指摘する。
 依然として病気は進行しているからである。
 よく考えてみれば、〈お金がない〉→〈お金を手にする方法を試みる〉→〈何をやってもお金が手に入らない〉→〈最後の方法として神様へ祈る〉となっている。
 ならば、目的はあくまでもお金を得ることにあり、神様へ祈っている手にお金がないなら、問題は解消していないことになる。
 祈っているからといって、お金が手にあるわけではない。
 それを、「窮乏しているにもかかわらず、『私は満たされている』と言うのは奇妙だろう」と指摘された。

 では、拝んだ結果、何かの成り行きでお金が手に入って喜んだなら、そこにある満足は〈宗教的安心〉と言えるだろうか?
 よく考えてみれば、満たされたのは信仰の世界(心)ではなく、お金の世界(モノ)である。
 ただし、拝んだことが満たされた原因の一つだろうと判断すれば、お金のない時にはまた、拝むかも知れない。
 これでは、どこまで行っても、目的は、お金を手にするというモノの世界にあり、心の世界にはない。
 だから、もしも〈二匹目のドジョウ〉がいたとしても、〈三匹目のドジョウ〉がいなければ、拝む対象は、たやすく、他の神様へ移行してしまう。
 より、効果がありそうな手段を求めるのは当然だからである。

 かくして、〈拝んでいれば大丈夫〉なのではなく、〈拝んで成果があれば真の信仰心が深まる〉わけでもない。
 だから、困っている時に、宗教団体から、拝めば安心だからと勧誘されたなら要注意である。
 また、ご利益があるからと手を合わせているだけでは、本当の安心を得ていることにはならない。

 では、〈苦しい時の神頼み〉は通じないか?
 そうではない。
 通じる場合もある。

○神仏の加護のもとに、現世利益を得るものがいる

「富貴を求めて祈る者もあれば、現世の利益、この人生の成功を期待して祈る者もいる。
 こうした信仰は、特定の、ひじょうに限定された範囲においては誤ったものではない。
 たとえば、われわれ仏教徒も、ヒンドゥー教徒と等しく富をガネーシャ神に祈ったりする。
 ガネーシャの霊験(レイゲン)は富をもたらすと信じられているからである。」

「だが、仏教的な観念から言えば、これはひじょうに極限された場合にのみ有効でしかない。
 たとえば、その人がすでに宗教的に高い境地に達しており、富、富貴を得るべくすべての条件が正しく整っており、その人が豊かであっていい理由が厳然として存在しているのに、それでもなおその人が窮乏している、そんな場合である。」

「そして、その人が富貴を得たなら、それは神仏の加護があったと思うだろう。
 神仏の加護があったからこそ、豊かになったのだと。
 だが、これは病気と肉体の関係に似ている。
 もし、あなたが病気にかかったとしよう。
 病気ではあっても、体力があり、もともと頑健な肉体に生まれついていたなら、医者はあなたを治療するのになんら困難は覚えないだろう。」

「ところが、その逆に、あなたの身体が生来虚弱であったなら、いかなる病気であっても医者は治療に苦労することになる。
 仏教的に見た、現世利益と神仏の加護の関係とは、ちょうどこれと同じである。」

 ダライ・ラマ法王が説かれていることを別のたとえで考えてみよう。
 お金であれ、健康であれ、いよいよの際に、もう拝むしかなく、そこで目的が達成されたとする。
 それは、祈りによって無から有が生じたわけではない。
 目に見えない世界にある桶へ徳がたくさん蓄えられており、時分の微力を省みて慢心を捨て、よき目的のためにお金や健康を得たいと救いを求めるという徳行が〈最後の一滴〉となって桶を満たしたからこそ、桶から徳があふれ出し、福をもたらしたのである。
 徳積みをしていた人がまだ、その善行に応じた福徳を得られていない場合にのみ、真のご利益が得られる。
 もともと、桶が空っぽであったなら、そこへ我欲による祈りが加えられたとしても、何ら福徳はもたらされない。

 ここで大切なのは、徳積みをしている人は、お金や健康を求めて祈る場合、我欲からではなく、何とか子供を進学させたい、もう少し家族のために生きたい、もっと人々に喜んでもらいたい、など、必ず〈よき目的〉を持っているということである。
 こうした祈りの実践者は、目先の目的が思い通りに達成されても、されなくても、等しく感謝し、等しく教えをいただける。
 祈らせていただけることそのものがすでに大きな救いであり、できごとにはすべて意義が見出せる。
 祈る時は、すでにご利益をいただいているようなものである。
 それは、我欲でなく〈人の道〉に生きようと決心した時、すでに、人の道を歩み始めているのと同じである。

 モノやいのちに保険をかけるだけでなく、いざという時のためにも、常々、善行による徳積みを行い、常々、よき願いを持って祈りながら生きたいものである。  

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。/

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