コラム

 公開日: 2014-05-16  最終更新日: 2014-06-04

苦悩の中の矜恃 ―終湯は明日への穴のごと黒し―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 昭和2年に生まれ、昭和34年、日本が発展の力をつけた頃に句集『黒い星』を発表したのが大原テルカズである。
 法政大学を卒業し、学徒動員で軍服を着た。
 会社勤めを経験した後、食堂の経営に失敗するなどして行方知れずとなった。
 これほどの俳人でありながら、最後の姿が杳(ヨウ)として知れないのは、自らの意志で社会の表面から消えて行ったのだろうと思われてならない。

「終湯(シマイユ)は明日への穴のごと黒し」

 何人もが交代で湯船を使う時、年長者から、上司からなどと、おのづから入る順番が決まる。
 彼は終湯つまり、落とす前のお湯にようやく入れる境遇にあった。
 それは皆の垢でどす黒く濁っている。
 もちろん、世界でもまれなほど清潔好きな日本人は、決して湯船の中では体を洗わないが、どうしてもこうなる。
 彼の目には、黒ずんだ湯船が穴に見えた。
 それはまるで、希望のない明日のように思えた。
 黒い湯船へ入りつつ、否応なく黒い明日を迎える自分の姿がはっきりと見えたのだろう。

「終湯(シマイユ)に野良犬とわが四肢だぶる」

 敗残者、漂流者には、野良犬が我が身と思える。
 野良犬は雨に濡れ、周囲を窺うともなく窺いながら、聴覚と嗅覚だけは敏感にはたらかせつつ、衰弱の影がまとう四足をはこぶ。
 ああ、彼は自分だと思うものの、似た者同士の彼と自分とはそれぞれ孤絶したままで、永遠の孤独者同士でしかない。
 同情も憐憫も自嘲も悔恨も、すべては客観の中に消え、肩からも腹からも脚からも力が抜け落ちた自分がここにいるだけである。
 そこを通ってきた者にしか見えない荒涼と湿った光景である。
 他人に先がけて新湯(サラユ)にしか入ったことのない者には生涯、見えなかろう。
 湯船につかる彼は、確かに、自分が野良犬と思えた。

「終湯(シマイユ)に幻の墓渺(ビョウ)と立つ」

 高柳重信が書いた『黒い星』の序文である。

「~、彼が、みずからの〈身から出た錆をかき集めながら〉ついにそれを客観的に、しかも見事な普遍化に成功することによって獲得した矜恃の結晶体が輝いている。」

 風呂へ入りながら自分の墓を幻視している彼は敗残者ではあっても自堕落者ではない。
 観るべきものを観て、普遍性を持つほどの表現力を発揮している。
 そこには一人の人間としての矜恃がある。

 高村光太郎は『生命の創造』に書いている。

「~、生命を持たないものは芸術でない。
 いのちを内に蔵さない作物は過去現在未来に亘って芸術であり得ない。
 その代わり、いのちを内に持つものは悉く芸術である。」

「判別機能ののろい一般大衆に至っては、コンテムポラリーの渦中である限り、ただ評判が高いといふことくらゐが価値判断の基準になってゐる。
 ベストセラー商売といふものが成立するのもこの為である。
 ところが、この盲千人の状態の中から、いつの間にか判断の自律作用が生まれてきて、いのちあるものと、無きものとをふるひ分ける目明き千人の眼が物をいふやうになるこの大衆の良識は不思議でもあり、おもしろくもある。
 天網恢々(テンモウカイカイ)といふところだ。」

 自分の境遇がどうであろうと、作品がいかに評価されようと、現実生活に苦しみつつも、作品だけが〈我が存在〉のより所となる。
 大原テルカズにとって作品は、たとえ暗い人生を映して黒く見られようが「星」である。
 高村光太郎にとって、たとえ今、それなりの評価を得ていなかろうが、自分の作品にいのちを移し込んだ真実は必ず〈目明き〉たちに見分けられる時が来るという確信がある。
 大衆を信じようと信じまいと、矜恃は不滅の結晶体となる。
 私たちは毅然とした作品に触れる時、背筋を伸ばさせられる。
 芸術の力であり、矜恃の力である。
 
 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。/

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