コラム

 公開日: 2014-05-19  最終更新日: 2014-06-04

長谷川かな女の世界 ―眠気憑き大きく蜘蛛の這ひて来る―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 明治20年生まれの長谷川かな女(ジョ)は、大正時代の代表的俳人(紫綬褒章受章)と称された。

「眠気憑(ツ)き大きく蜘蛛の這(ハ)ひて来る」

 物の怪(ケ)が近づいてくると、冷気がひんやりと漂い、やがて眠気に襲われる。
 物の怪には身体の温かさがないので、必ず冷気を伴っている。
 そして、相手の心身へ乗り移るためにそのはたらきを麻痺させようとする。
 いのちの勢いが奪われ眠気を催すと、やがて滝壺へ落ちるような抗い難さで意識が遠ざかる。
 眠気が「憑く」とは、こうした状態である。

 そこへ巨大な蜘蛛が近づく。
 もしも目に見えていたとしても、金縛りのような自分には追い払うこともできない。
 距離が短くなるに従い、徐々に大きくなる蜘蛛は鋭い恐怖感を催させる。
 迫る危機への警報が鳴っているのに叫びが声にならず、どうすることもできない。

 もしかすると、蜘蛛は心へ顕れているのかも知れない。
 この世とあの世の境界のように朦朧(モウロウ)とした意識内に、なぜか、蜘蛛が姿を現す。
 ちょこまかと動くのではなく、現れたと思う間もなくのっしのっしと意識の中央へ迫り、絵画の遠近法と同じく、点だった姿がたちまち巨大化する。
 どうすることもできず、心身は急速に固まり、縮む。

 蜘蛛が持つ独特の怖さ、特に女性が怖がる心理を見事に表現し尽くしたと言えるのではなかろうか。
 こんな句もある。

「地の底に蟲(ムシ)生きてゐる枯野哉(カナ)」

 私たちは「枯れ野」を眺めればいのちの動きはほとんど感じられない。
 植物が枯れ果て動物の姿もなく、生きものたちが、かつて活躍していた残骸(ザンガイ)しか見えない視界の底に虫のうごめきを感じとれるとは驚嘆するしかない。
 『俳句研究』の編集長高柳重信が「現代の女流の最高峰」と評したのも頷(ウナヅ)ける。

「蝶のやうに畳に居(オ)れば夕顔咲く」

 蝶々が畳にとまっているのではなく、自分が蝶々になっている。
 その視点から、咲いた夕顔を観ている。
 坐って〈居る〉自分の視点は高く、縁側の向こうに咲く夕顔を見下ろしているはずなのに、蝶々になってしまった身からすれば、視線はやや上がる。
 二重の視点から観られている夕顔……。

 最後に代表作と思える一句を記しておきたい。

「呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉(ベニフヨウ)」

 紅色の、あるいは紅を含んだ芙蓉には、松井冬子の絵画に通じる〈裏返った〉生々しさがある。
 人を好きになれば心に「祝い」が生じる。
 愛(イト)おしいと思う切なさはいのちの躍動そのものである。
 そもそも、「祝う」は神へ「祈る」の意がある。
 祈りの祝詞(シュクシ)が神ではなく人間へ向かう時、口から出る言葉は、一瞬にして「呪い」になって何の不思議もない。

 切なさは憾(ウラ)みと紙一重である。
 一緒にいられない、一体になれない、時間も空間も二人を隔てている。
 この耐え難い物足りなさを憾(ウラ)みという。
 憾(ウラ)みから発する言葉が呪いとなる。
 長谷川かな女は、「好き」からではなく、「呪い」からこうした心理を詠んだ。
 まことに傑出した俳人である。

「花芙蓉妻の病状軽からず 末益冬青」
「気にかかる人の裏木戸白芙蓉 鳴海清美」

 私たちは、こうした芙蓉ならば、すっと心へ入る。
 長谷川かな女にはまずドキッとさせられ、だんだんと驚きが融けると共に、詠まれた世界が貌(カオ)を見せ始める。
 17文字で異界をつかみ、私たちへ突きつける力には、ただただ敬服・降参するのみである。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。。

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