コラム

 公開日: 2014-05-24  最終更新日: 2014-06-04

哀しさ、悲しみ、そして抜苦与楽へ ―大悲心に薫ずれば大願(ダイガン)すなわち応ず―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 お大師様は、『大日経』のおおまかな説明の中で説かれた。

「大悲(ダイヒ)心に薫ずれば大願(ダイガン)すなわち応ず」

 根本仏である大日如来は、人々の心に遍く悟りの智慧が宿っているにもかかわらず、それに気づかないで自ら苦を招きつつ、ままならぬこの世を生き死にし続けている様子を眺め、大いなる悲しみを持たれた。
 そこに、究極の救いを与えたいとの大いなる願いが起こった。

 大日如来とは、お釈迦様が悟りの果てに行き着いた地点で出会った心の核である。
 核の輝きがこの世を照らせば、人々の生き死にが何とも哀れに見え、心に涙の雨が降った。
 どう映ったのか。

「四匹の蛇が自分を害しているのには驚かず、六人の賊が自分を攻めて犯すのを怖れない。」(『弘法大師空海全集』より)

 四匹の蛇とは、地・水・火・風というこの世と、私たちの身体と心とを構成する要素である。
 たとえば地で表される骨格が傷つき、地のように頑な心が対立を生んでも、水で表される血液が濁り、心が水のように清らかでなくなっても別に驚きはしない。
 六人の賊とは、私たちが認識する形や音や香りや味や心に浮かぶ想いである。
 それらを自分がコントロールできず、向こうからやってくる刺激に襲われるがままになっていても怖がらない。

「根元的な無知に酔いつぶれ、(貪り、怒り、癡《オロカ》さの)三つの毒のために意識を失っている。」

 すべては空(クウ)であるという無常の理をそのまま正面から受けとめられずに、オタオタしたり、打ちのめされたりし、あるいは貪り、あるいは怒り、あるいは道理に合わぬ気ままな考えに任せつつ、日々、暮らしている。

「身体を損なう風や邪(ヨコシマ)な魔物のせいでもないのに狂った言辞をはき、仏の心はすなわち我が心であり、我が身体は仏の身体と別ではないということを知らない。」

 根本的な智慧を発揮できていないので、言葉に真実や思いやりが伴わず、心も身体も本来、み仏と同じであるという真理にも気づかない。

「むなしく宝の珠をいだいて貧しい村をさまよい歩き、いたずらに極上の味を包んだままにして、常に毒薬を飲んでいる。」

 持っている仏心という宝ものに気づかぬばかりに、真実が得られにくく実りを得られない世界に彷徨(サマヨ)い、心身を潤す甘露の味わいを知らずに、心身を傷める毒薬を自分から求め、飲んでいる。

 こうしたありさまに、お釈迦様は「あわれ」とおぼしめした。
 あわれとは、そもそも、「あ」が「われ」であるという、自他を一如(イチニョ)と観る視点がもよおさせずにはおかない感情である。
 頭を垂れ、雨に濡れながらとぼとぼ歩く野良犬が視界に入り、〝……あれは自分だ〟と感得できた瞬間にこそ、哀れと思い、真の憐れみが生ずる。
 薄汚れた着物をまとって歩道橋の下にうずくまり、眠るともなく動かずにいる人を〝自分だ〟と感じとれないところには、哀れみも憐れみもない。
 電撃的体験なしに決して「大悲」はつかめない。
 み仏は、いつも大悲にある存在である。
 だからこそ、上記のありさまがありのままに観えた。

 この「大悲」は必然的に「抜苦(バック)」すなわち、対象から苦を抜かないではいられず、見捨てられない思いを招く。
 そこから必然的に「大慈(ダイジ)」すなわち「与楽(ヨラク)」の思いが起こる。
 人々へ、そして生きとし生けるものに対するみ仏の慈悲心はこのような与楽と抜苦を内容としている。
 抜苦与楽こそが、み仏の「大願」である。
 私たちが、み仏の子としての真姿を行き、自他へ本当の幸せをもたらしたいと願うなら、み仏に帰依し、み仏の教えを学び、「大悲」が生ずる清浄な心にならねばならない。
 若き日に老人と、病者と、死者とを目にしたお釈迦様が、なぜ、モノや地位に満たされた生活を捨てて人の道の探求へと生き方を変えたのか、何となく想像できるのではなかろうか。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。。

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