コラム

 公開日: 2014-06-30 

ご加持、お盆、盆踊り ―氷も水蒸気もH2Oの世界―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 密教の修法にご加持(カジ)があります。
 ご本尊様から〈加〉えられるお慈悲のお力を、私たちが〈受〉け、救われるという形の救済です。
 密教の根本経典である通称『大日経(ダイニチキョウ)』は、正式な名を『大毘盧遮那成仏神変加持経(ダイビルシャナジョウブツジンペンカジキョウ)』と言います。
 その意味は、ほぼ、こうなります。
「大日如来が説く、成仏するための不思議な力を得る経典」
 ここで説く「成仏」とは、〈仏〉に〈成〉ると表現してありますが、たとえば、氷が溶けて水に成るような意味ではありません。
 氷の状態であれ、水蒸気の状態であれ、雪の状態であれ、川の状態であれ、本体は「H2O」の水であるという根源的ありように気づくと言えばほぼ、近いでしょうか。

 こうしたわけで、私たちは日々、喜怒哀楽し、善いことも悪いことも行いながら因果応報の糸を紡ぎ続けていますが、本質的なありようとしては、誰でも等しく、み仏のおいのちとお心を分けいただいたみ仏の子なのです。
『大日経(ダイニチキョウ)』には、その真実と、気づくための方法が説かれており、お大師様がいのちがけで海を渡り唐の国へ向かったのは『大日経』の解読と方法の伝授を求めたからであるとされています。
 以後、1200年を超える年月をかけ、お大師様が遺されたご加持法のお次第(シダイ…具体的方法が記された書物)は行者の宝ものとして錬磨や実践が行われてきました。

 具体的には、まず、行者が修法によって成仏の状態へ入らねばなりません。
 印を結んで身体がみ仏と同じになり、真言を唱えて言葉がみ仏と同じになり、観想(カンソウ…思うべき内容に集中すること)を行って心がみ仏と同じになります。
 身口意(シンクイ)の三つが一時的に、み仏と一体化します。
 言い方を換えれば、日常生活で善業(ゼンゴウ…善き行為によってつくられる善き結果が出る影響力)や悪業(アクゴウ…悪しき行為によってつくられる悪しき結果が出る影響力)をつくり続けている行者自身の身口意が、み仏の身口意に成り切ります。
 ご祈祷であれ、ご葬儀であれ、ご供養であれ、この状態に入らずして行う修法はまったくありません。

 次に、疲れや不安などを抱えてご加持を受けに来られた方へご加持を行う場合は、ご本尊様と一体になる世界へ受者(ご加持を受ける方)も引き入れます。
 と言っても、何かをやっていただくわけではなく、ただ、ゆったりと深い呼吸をしていただいていればよいだけです。
 だから、当山のご加持(カジ)法において、施法者(修法する導師)が受者(ご加持を受ける方)へ触れることはほとんどありません。
 ただし、受者が何らかの理由で、声をかけつつ修法を進める導師の言葉の意味にピンと来ない場合は、散杖という棒状の法具で触れる場合などはあります。
 受者が何らかの理由で、現実的感覚から遊離している場合も、確かな現実感を取り戻していただくために、触れるという行為が役立つ場合があります。

 フランスの科学哲学者ミシェル・セールは、とてもおもしろいことを言っています。
「皮膚の組織は自らの上に折りたたまれているのだと思う。
 皮膚は己自身の上に意識をもっており、また粘膜も自分自身の上に意識をもっている。
 折りたたまれたひだもなく、自分自身の上に触ることもないならば、真の内的感覚も、固有の肉体もないだろうし、体感も感じなくなり、(…)静止したような失神状態のなかで意識もなく生きることとなろう。」
 これは、仏教の考え方に似ています。
 意識は、眼で見てはたらき、耳で聞いてはたらき、鼻で嗅いではたらき、舌で味わってはたらき、皮膚で触れてはたらき、心中に想ってはたらきます。
 これを六識といいます。
 そこより深いところには、いわゆる潜在意識や深層意識などのようなものも潜み、さらに奧には、み仏の領域も広がっています。
 だから、触覚という確かな感覚のはたらきは、ミシェル・セール流に言えば、魂を誕生させるきっかけの重要な一つとなります。

 見る葉の深緑に輝きを感じにくくなっていたり、聞くホトトギスの鋭い声にシャキッとさせられにくくなっていたりすると、色も音もいのちを失い、褪せた深緑に寂しさを感じたり、キキッという声に不安を感じたりするかも知れません。
 いわれのない寂しさや不安の中で、みつからない自分を確かめようとするかのように、見ていないはずのものが見えたり、聞いていないはずのものが聞こえたりする場合もでてきます。
 そこで、触覚という縁が、いわば魂の再生に役立つ場合もあるという理になります。

 こうしたわけで、日常生活と異次元へ入るご加持の修法は、外国在住の方や、御霊へ祈る場合なども含め、施法者から離れている相手へ行うケースが一つ。
 ご来山された方など、互いに相手を確認できる状態で離れたまま行うケースが一つ。
 その中で、同席者のいる道場で行ったり、ご家族がいるご自宅で行ったりする場合は、法具を当てたりするケースも稀にあります。
 8月のお盆供養会も、こうしたご加持法の一つとして行われます。
 み仏の世界へ旅立たれた御霊も、成仏を祈る方も、導師も一体となって法の世界へ入ります。
 深々とした情緒に満ちた盆踊りもまた、祖霊と子孫と仏神とが一体になる加持感応(カンノウ)の世界と言えるかも知れません。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

消えた因縁 ─心の檻(オリ)から脱した話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

「みやぎシルバーネット」20周年おめでとうございます ─無私の編集長につながる方々─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ