コラム

 公開日: 2014-07-05 

布施によって喜びを、空に従って清々しさを ―寺子屋の教え『実語教・童子教』を考える(その77)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 江戸時代まで寺子屋などの教材となっていた『実語教・童子教』を読んでいます。

「人は、できる限り他人へ施しましょう。
 布施は、人の道を体得する糧となります。
 人は財物を惜しまず、施すようにしましょう。
 財宝に執着すると、人の道を体得できなくなります」

 以下、原文です。

「人(ヒト)尤(モット)も施しを行(オコナ)ふべし
 布施(フセ)は菩提(ボダイ)の粮(カテ)
 人(ヒト)最も財を惜しまざれ
 財宝は菩提(ボダイ)の障(サワ)り」

 人の道は畢竟、見返りを求めず誰かのためになり、相手の喜びをすなおに喜べる人になることに尽きます。
 それは、二つの真理に基づいた道だからです。

1 生きとし生けるものは、あらゆる縁の中で生かされている

 私たちはすべて〈生かされている〉存在である以上、同時に〈生かす存在〉であらねばなりません。
 なぜなら、生かされているとは、自分を〈生かしてくれている〉相手に囲まれていることであり、もしも自分が誰かを生かす存在でなくなれば、周囲を〈生かし合う〉世界が壊れてしまうからです。
 水の分子式は「H2O」です。
 Hで表される水素の分子が二つと、Oで表される酸素の分子が一つ、合計三つの分子が結合して水になっています。
 三つの分子のうち、どれか一つでも外れたならば、水にはなりません。
 それと同じと考えられはしないでしょうか。
 もしも自分が〈生かし合う〉存在から外れようとするならば、生かし合っている世界は濁ります。
 気まま勝手で、奪おうとする人が増えれば、人間界は争いの修羅(シュラ)界や、恥知らずの畜生界へと変質し、行く先は地獄界になります。
 
 誰かのためになることは、人間界に生きる私たちの本源的ありようなので、布施を行うと、深く充実感のある喜びが湧いてきます。
 余分なお金を手にして美味しいものを食べた後で、またもや別の美味しいものを探さないではいられないような、一時的満足感とは異質です。
 布施は、乾いた大地を潤し、淋しい心を潤す慈雨であり、過分な貪りは、乾いた喉に流し込む塩水のようなものなのです。
 生かされ、生かす世界の存在にふさわしい行動によってもたらされる喜びは、親であるみ仏からのご褒美かも知れません。

2 すべては空(クウ)である

 もの惜しみをする人は、哀しい人です。
 空の真理を知らないか、知っていても我欲(ガヨク)に負けているからです。
 そもそも、五蘊仮和合(ゴウンケワゴウ)と言い、五つの条件がたまたま調っているからこそ、〈自分〉はここにいられます。
 条件がそろい、たまたま存在しているのは、空を生きていることに他なりません。
 肉体的条件か精神的条件のどちらかに大きなダメージが生ずれば、たちまちにして〈自分〉はあやふやなものとなり、この世から消える場合もあります。

 五つの条件は以下のとおりです。
・色蘊…肉体やモノ
・受蘊…感受作用
・想蘊…表象作用
・行蘊…意志作用
・識蘊…認識作用

 般若心経を読んだり書いたりしている方は、「五蘊皆空(ゴウンカイクウ…五蘊は皆、空である)」及び「無色無受想行識(ムシキムジュソウギョウシキ…色も受想行識も無い)」は、とくと、お馴染みなはずです。

 私たちの心には四魔(シマ)が住んでいるとされています。
 その一つが蘊魔(ウンマ)です。
 蘊魔が強くはたらいている人は、ウジウジと何かかにかに囚われ、周囲へ重い空気を漂わせます。
 いかに威勢がよくても、権勢を誇っていても、よく観るとどこかにジトッとした雰囲気があり、カラッとしていません。
 布施は、黒い蘊魔を消す徳の明かりです。
 とにかく、誰のために、何かを手放してみましょう。
 これまでは「惜しい」と思っていたのに、なぜか「清々しい」と感じられることでしょう。
 条件がそろい、たまたま存在しているのは〈自分〉だけではなく、モノもお金もそうです。
 だから、古人は言いました。
「金は天下の回り物」
 思い切って手放すのは、回り物を世間へ回してやっただけのことです。
 空という真理に添った行為だから、清々しくなるのです。

 若い方々は、生きるためのスキルを得ようとするだけでなく、「布施(フセ)は菩提(ボダイ)の粮(カテ)、財宝は菩提(ボダイ)の障(サワ)り」を肝に銘じて世の中へ巣立っていただきたいと願っています。
 すでに巣立った方々にも、もちろん、心に留め置いていただきたいものです。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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