コラム

 公開日: 2014-07-15 

仏教はまず〈人それぞれ〉を認め合う ─「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」を読む(42)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






〈7月12日の寺子屋『法楽舘』では、お盆と盆踊りについて皆さんと考えました〉



〈光明真言についてもお話しし、一緒に唱えました。8月9日の寺子屋では、「懺悔と救われる道」について考えましょう〉

 平成6年、ジャーナリスト大谷幸三氏は、インドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマ法王への質問を数日間かけて行い、回答をまとめた。
 それがテキスト「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」である。

第7章 「知」と「心」の融合 ―求めつづけることの大切さ―

2 最後のダライ・ラマ

○信仰は、きわめて個人的な問題である

「人生を成就するための唯一の拠り所などというものは存在しない。
 何事につけても、最善の唯一のものなどありえない。
 すべてのものごとは、個々の人間の心の許容量、性向、その人が置かれた環境などに応じて判断されるべきであろう。」

 この文章を読んだ多くの方々は、意外に思われるかも知れない。
「チベット仏教の最高の指導者がそんなことを言っていいの?」
 次を読むと、さらにびっくりされるかも知れない。

「たとえば、私自身、ダライ・ラマ十四世は仏教徒である。
 仏教を信仰することが私個人の心の最善の拠り所となっている。
 これは間違いない。
 だが、全ての人にとってそうではない。」

 多くの方々はこう考えておられることだろう。
「どの宗教も自分たちこそ一番と信じ、信者を増やそうとしている」
 確かに、教団の都合でそうした強い姿勢と行動に走る宗教団体が見受けられる。
 そのほとんどは、二つの頑なさを持っている。
 一つは、唯一絶対と主張する絶対者や教義を錦の御旗とすること。
 もう一つは、他の宗教を攻撃すること。
 しかし、もしも仏教教団が頑なさを持つならば疑問符がつく。
 仏教は端(ハナ)から〈人それぞれ〉という真実を見極め、そこに立っているからである。
 悟ったお釈迦様は何をされたか?
 あくまでも〈人それぞれ〉の事情に合わせ、その人にとって最も救いとなるであろう内容と形で法を説き、法力を示しもした。
 しかも、救いを求める人を誰一人、宗教の違いなどによって見放したりはしなかった。
 後代になり、仏陀が相手に合わせて実行する最高の手立ては「方便(ホウベン)」という言葉になった。
 大乗仏教の行者にとって生きる目的は、〈方便を見出し実践できる存在=菩薩(ボサツ)〉になることである。

 さて、私たちは菩薩たり得るか?
 相手それぞれの人柄や過去の因縁や目先の事情や周辺の状況をお釈迦様のように正確に把握し、最も適切な法を説き、法力を発揮できるか?
 ダライ・ラマ法王といえども、無理である。
 ならば、「何よりもまず、〈人それぞれ〉という真実に立とう、自分の拠り所などという狭いものから離れよう」というのが、この教えである。
 ちなみに、当山の人生相談は袈裟衣をまとい、法を結んでからしか行わない。
 それは、住職程度の行者では、世間話の中で相手様に必要な方便はわかりようもないからである。
 だから、ご本尊様のお力をお借りしてお相手をするしかない。
 まさに〈人それぞれ〉であるお戒名も、ご本尊様と一体という心で、ご本尊様から授かってお伝えするしかない。

「キリスト教がある人にとっては最高の導きになるだろうし、他の人にはまた違った途(ミチ)があるだろう。
 それはきわめて個人的な問題であり、その人個人の心に属することがらである。
 一切を一般化することは避けるべきである。」

 この「一切を一般化すること」こそが、特定の宗教を早く広めたい人々の陥りやすい陥穽(カンセイ…落とし穴)である。
 神ならぬ人間、菩薩ならぬ人間に〈一切の一般化〉は不可能である。
 しかし、相手を信じこませ、仲間を増やすためには、はっきりと、断定的に、告げる、やり方が効果的である場合もある。
 こうして、私たちは容易に〈人それぞれ〉という真実を忘れる。

 さて、お釈迦様へ戻ろう。
 相手に応じた極めて多様な内容のどれもが、悟った人すなわち仏陀(ブッダ)の金口(コンク)から流れ出た法なので「仏法」とされ、真摯で天才的な行者たちにより2500年かけて分析され、深められ、わかりやすい教えとしてまとめられたのが、今に伝えられた「仏教」である。
 だから、もしも、お釈迦様やお大師様といったレベルの菩薩がこの世に現れれば、仏教によってすべての人を救えるだろう。
 しかし現実は、凡夫として〈自分にピッタリくる〉範囲の教えによって救われ、関心を持つ人や、自分と同じ悩みに苦しむ人へ個人的体験の範囲について語る程度までが、せいぜいのところである。
 自分が知っている仏教は、8万4千あるとされる法門のうち、いったい、どれほどになるのか?
 こうした〈真の仏教徒〉としての自省と自覚があれば、他の宗教宗派を安易に誹謗したり、軽蔑したり、攻撃したりはできない。
 私たちは凡夫同士として、せめて、〈人それぞれ〉をはっきりと認め合い、互いに拠り所とする大切な心の杖を振りかざして争い合う愚行を慎みたいものである。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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