コラム

 公開日: 2014-07-19 

フォトコンテスト最優秀賞『夢の楽園』に想う

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 〈朝日新聞様よりお借りして加工しました〉

 7月18日付の朝日新聞は、「人生バンザイ」と題し、「第6回人間大好き!フォトコンテスト」の入賞作品を掲載した。
 最優秀賞となったのは、大木のぶえさん(神奈川県)の作品『夢の楽園』である。
 逆光の中、乳母車を押し、あるいはだっこし、あるいは手を引き、幼子を伴った人々が集いの場を目指している。
 斜めにこちらを向いた中央左側の男性がわずかに表情を見せているのみで、あとの人々はシルエットのみである。
 一足先に光の世界へ入った二人の人はすでに〈個〉の形を離れつつある。
 楽園は光に満ちている。
 そこでは、ぶつかり合う宿命の〈個〉は消え行くのだろうか。

 事情があり、大形バスで合宿から戻る孫を小学校へ迎えに行った時のことである。
 小雨の駐車場は車でいっぱいになっており、めざす校舎の玄関付近は、バスの到着を待つ50人以上の母親たちであふれかえっていた。
 人目見て父親は数人、祖父は父親と見分けがつかない。
 傘をささず、ゆっくりと校舎へ向かった足は人のかたまりを右回りに迂回し、グラウンドを正面にする側へ着いた。
 このあたりに立っている数人は、いずれも無口である。

 みごとに撫でられたグラウンドは、静かに雨を受けている。
 まもなく、低学年の子供たちがランドセルを背負い、言葉を交わし合いながら三々五々、黄色や赤の傘をさし、あるいはささずに走りながら、校舎沿いに向こうからやってくる。
 玄関とは反対側に出入り口があるのだろう。

 口々に「こんにちわ」「さようなら」あるいは、不思議にも「お帰り」と挨拶しながら通り過ぎる中で、群れず、トボトボとうつむき加減に歩く男の子が目にとまった。
 黄色の大きな傘は彼の上半身を隠し、半ズボンと靴だけが男を示していた。
 その瞬間、私は〝戦争に行かせたくない!〟と心で叫んでいた。

 前夜、小島信夫の短編小説『小銃』を読んでいた。
 射撃の名手である「私」は中国の戦地で、後ろ手で縛られたままの孕んだ「シナの女」を撃ち、掘った穴へ突き落とすはめになる。

 無言で命乞いをする私へ笑いで応えた班長は、命令を下す。
「お前は百メートルさきからこの女を射て。
 射ってから着剣して前進し、五十メートル前方で突撃せよ。
 それから突くのだ」
「駆足、進め」
 100メートル先まで走り、回れ右をした「私」へまた命令が下る。
「立ち射ちのかまえ、銃(ツツ)!」
 その瞬間、私はようやく、何をやろうとしているのかを本当に知る。
「本能的に私は呼吸をしずめかまえた。
 かまえる相手が、標的ではなくて、棒杭(ボウクイ)にしばりつけられた女であることをほんとに感じたのはその時であった。
 私はかまえた。
 命令は動作を強いるしかけになっていたのだ。」
 見事に命中させた「私」は走り出す。
「走りつづけるうちに私は道具になり、小銃になり、ただ小銃に重みと勢いと方向を与える道具になった。
 習いおぼえたように、ふみきると、私の腕はひとりでにのびた。
 私の任務と演習は終わった。」
 班長に肩を叩かれる。
「おまえもこれで一人前になった」
 私は倒れる。
「こんこんと怒りがわきおこってきた。
 大矢班長にではなく、私をたぶらかし、射的から殺戮(サツリク)にとすりかえたこの道具にたいしてであった。
 一人前になったどころではなく、血管を逆流してくる憤りのために、その場で私は昏倒(コントウ)してしまった。」

 気がつくと、例の男の子はもう、私の前を通り過ぎるところだった。
 坊主頭のいかにも田舎の子らしい彼は私へチラッと視線を走らせ、不思議なものを見たといった表情で去った。
 目を上げると、小降りになったグラウンドで女の子が二人、追いかけっこをしている。
 クルクル、クルクル、クルクル……。
 もう一度、今度は心の中をゆっくりと言葉が流れた。
〝戦 争 に 行 か せ た く な い〟

 バスが着いたらしく、私と並んで立っていたお母さん方も動き出す。
 一番最後にバスを視界へ入れた私は、子供たちがもう、降りて校舎内へ移動し終わろうとしていたので、孫を見失ったかと焦った。
 しかし、大きな荷物を抱えた孫は、さざめく母親たちの頭越しに私を見つけ、口元をほころばせた。
 私は胸の前で右手を小さく挙げたのだった。

 もう一度、『夢の楽園』を観る。
 向こう側には、花もごちそうも何も写ってはいない。
 しかし、向こうへと歩を進める人々にはまったく、不安もためらいもない。
 人々は約束された世界を信じ切っている。
 実はここがもう、楽園なのではないか。

 大喜直彦氏の指摘を思い出す。
「『希望』があってこその『夢』である。
 『希望』がなければ、『夢』は単なる空想的な理想にすぎないのではないか」
 特に若い方々にはぜひ、具体的な希望を持っていただきたい。
〝自分が、こうなりたい〟
〝家族(あるいは友人や同僚など)に、こうあって欲しい〟
〝社会は、こうありたい〟
 仏法は決して意欲を離れさせ、夢や希望を捨てさせるものではない。
 希望が思いやりの伴う清浄なものとなり、実現するための方法を誤らぬよう、智慧をもたらす。
 そこで躍動するく大欲(タイヨク)こそが、まっとうな人間としての夢や希望を後押しする。
 ぶれずに進めばきっと、色とりどりの「人生バンザイ」が待っていることだろう。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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