コラム

 公開日: 2014-07-22 

死をひとつ映し終へたる大鏡 ―鏡と人と―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 俳誌『季流(キリュウ)』を主宰している小泉八重子氏の作品と出会った。

「死をひとつ映し終へたる大鏡」

 日々、大きな鏡の前に座り、化粧をしていた方が亡くなられたのだろう。
 もしかすると、鏡は、何代かにわたって使われてきたものかも知れない。

 鏡は、〈使う人にとっての〉鏡だった。
 使う人がいなくなった今は、ただ、空虚な空間を映し出しているだけである。
 しかし、考えてみると、そもそも、使う人と鏡は対等の存在だったのだ。
 人は、鏡の手を借りて自分の顔を観ているつもりだが、視界にあるのは、あくまでも、鏡が映し出す顔であって、自分の顔そのものではない。
 対等ならば、鏡もまた、人を観ているとは考えられないだろうか。

 閻魔大王は、とてつもなく大きな鏡を持っているという。
 それは、すべての人の、すべての振る舞いを観ている鏡である。
 また、閻魔大王には倶生神(グショウシン)という手下がいるという。
 文字どおり「生と倶(トモ)に」ある神は、私たちが生まれた瞬間から、私たちの知らぬ間に人生の同伴者となり、ひとときも離れずに担当する人の振る舞いを見張っている。
 だから、人が鏡を観る時、閻魔大王は遥かに大きな鏡へその光景を映し出しているし、倶生神は鏡の裏側から人をまざまざと眺めているかも知れない。
 人が去り、対面していた相手だけが残った目に見える空虚観は、目に見えない世界で閻魔大王がスイッチを切った空虚観も、役割を終えた倶生神が閻魔大王のもとへご注進に向かってしまった空虚観でもある。

 それにしても、「生」ではなく「死」を「映し終えた」という表現は、私たちの日常感覚を遥かに超えている。
 鏡はもはや、使う〈人〉とは無関係な〈モノ〉として存在している。
 もしも、モノが、いくつもの生涯を映し続けているとしたなら、もはや、人とは異次元の聖なる世界に属しているのではないか。
 だから、〈異〉と〈聖〉とが重なった13の文字は、不気味さを伴っている。

 氏の作品である。

「ふるさとにふらここの揺り残し来し」

 子供の頃に揺らしながら遊んだ故郷のブランコを回想しているのだが、使い手を失い、時が経ち、もう朽ち果てているはずのブランコが、「もっと遊びたかった」という念を受けて、まだ、あの頃のように風に吹かれているのではないかと思わせる。
 念は言葉で構成され、言霊となって姿を招く。
 時を超えたモノの存在は不気味さを発している。

 そもそも、氏は『季流(キリュウ)』の理念として宣言している。
「この厳しい現実社会に生きる、限りある生を思い、美しいけれど移ろいやすい四季の流れの中で、移ろわぬ心を持ち続けたい。
 日常の <俗> 、俳句の <諧> 、自然風物の <雅> の三つが一つの流れとなり、季流の色彩となってくれればと願っている 」
 この一句は理念の象徴ではないか。

「血ははるか遙かに継がれ村芝居」

 ようやく安堵を覚えた。
 怖い人である。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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