コラム

 公開日: 2014-07-26  最終更新日: 2014-07-27

人間はそもそも〈自然界〉の生きものである ―腸内細菌と食べものの話―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈自然界からの小さな来訪者〉

 仙石病院の理事長を務めておられる医師神部廣一先生の文章にこんなことが書いてある。

「人間の便の組成をご存知ですか?
 6割は水分ですが、腸管上皮細胞の残滓(腸管粘膜は短い周期で脱落・再生している)が20%、乳酸菌や酪酸菌などの腸内細菌(人間にとって必須です!)の死骸が15%(毎日すごい量が腸の中で繁殖しては死んでいるのです)で、食べ物の残滓はおよそ5%に過ぎません。
 ですから食べなくてもウンコは出ます。」

 ウンコのほとんどは食べものの残りカスであると思っていたので驚いた。
 その4倍もの細胞の亡骸と3倍もの細菌の亡骸で構成されているとは!
 高校生の頃、「生物」の教科にはとても興味を持って勉強したはずだが、ウンコの構成について学んだ記憶はない。
 もう、半世紀も前のことなので忘れてしまったのか……。
 心中で眼を剥く思いだ。

「およそ地球上の生物はすべて腸内細菌が食べ物を変性・処理してくれるおかげで栄養として利用できています。
 パンダが、笹だけで生きていけるのはそのおかげです。」

 パンダやゾウが人間のように〈バランスのとれた〉食事をしなくても大きな身体を維持できる仕組みについては、多くの方々がご存じだろう。

「腸内細菌はもともと土壌に居たものですから、現代人は清潔な食べ物を多く取る結果、腸内細菌のバランスが悪くなったと言われています。」

 ここで一気に、大地に足を踏ん張り陽光を受けて立つ人間がイメージされる。
 それは、タヌキやクマなどと同じである。
 彼らは衣服をまとわず、素のままで居るが、人間は儀礼上、衣服をまとい、安全上、工夫した家に住んでいるだけのことであって、衣服も家も人間そのものではない。
 人間は、知恵と科学力を用いて安全に長生きできる環境を追い求めて来たが、人間そものものは、依然として自然界の生きものに属したままである。
 手足や血管などはパーツで代用できるようになっても、腸内細菌を追い出した清潔な人工腸を用いて生きることはできない。
 外側にある皮膚も無数の細菌などに守られており、自然界の一部である人間の身体は、他の生きものたちと共生する以外、存在のしようがない。
 そのあたりのことはブログ「アレルギーと寄生虫」に書いたが、ノースカロライナ州立大学の生物学部教授ロブ・ダン著『わたしたちの体は寄生虫を欲している』を読むと、迷妄を解かれるような気がする。

 神部先生は「清潔な食べ物」へ慎重に警告を発しておられる。
 薬品によって細菌などを殺し尽くた環境で育てられ、計算上必要な栄養分として作られた食べものだけを摂っていては、共生すべき相手から遠ざかり、〈自然性〉を失った身体は変調を来すだろう。
 思えば、自然界はマンダラである。
 その構成内容やバランスの精妙さは、人知を遥かに超えている。
 いかなるコンピューターも全体を計算し尽くし、動かすことはできない。
 たかだか、人間というたった一つの種の脳から発するものが自然界の主になれるはずはない。
 思い上がれば、種を絶滅させ、オゾン層を破壊し、原爆を落とし、原発事故を起こすが、それらはすべて、人間という種の存在を危うくする。
 摂理内でしか存在できぬ生きものが摂理そのものへ指一本触れられないのは当然である。
 たとえば、本のページを構成している紙が一枚、じっとしている自分の役割を超えたくなって、燃えるという性質を生かそうと火の神を招いたならば、本は消滅へ向かうしかない。
 人間が、〈非自然〉や〈反自然〉なるものをうまく用いようとする工夫は、ほどほどにしておかねばならない。
 自然から離れた科学だけを頼りに存在することは不可能である。

「日常世間で食するもの以外で『身体に良い』というものはありません。
『身体に悪いもの』はいくらでもあります。
 身体に悪いところがあれば、『食べて治す』のではなく『悪いものを食べないで治す』ものなのです。」

 神部先生が言う「日常世間で食するもの」とは、いわゆる「食事」だろう。
 治療を要する状態にでもなればともかく、普段の生活においてはきちんと食事を摂ることに勝る健康法はないという意味だろう。
 そして、痩せる健康食品を口にしながら美食に走ったり、肝臓によいサプリにすがって酒をたらふく飲むといった生活へ警鐘を鳴らしておられるのだろう。
 多くの病院で、病気の予防や治療のために少なくした方がよい食べものについての掲示を見かける。
 これが「悪いものを食べないで治す」という道だろう。

「世間の人は医師以外の人の忠告を信じやすいものなのです」

 思わず、噴き出してしまった。
 宗教と事情はまったく同じだからである。
 生き方についても、あるいは死に方や送り方や死後のことごとについても、〈僧侶以外の人々の忠告〉にさんざん耳を傾け、どうにもならなくなってからご来山される方々の何と多いことか。
 おそらく神部先生は、医師の診察を受ける前に、あるいは受けながら、「医師以外の人の忠告」に迷う山ほどの患者さんを相手にしてこられたのだろう。
 病気と生死に関して、これほどプロ以外の方々の忠告が耳目を集めているとは、思えば、不思議な話ではある。
 信じられるプロの門をたたく以上確かな安心への近道はないのに……。
 ――また、自戒させられた。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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